武運長久祈念の広告

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昭和12年の盧溝橋事件をきっかけに始まった支那事変(日中戦争)は、当初の想定に反して長期化し、泥沼化していった。 合せて戦死者も増加し、国内では出征軍人に対する武運長久の思いも強くなっていった。 新聞を使った武運長久祈念の広告も増加していったが、新聞の営業戦略の一環にもなったのであろう。 また、武運長久記念のための寺社参りも盛んになり、交通事業者もPRに活用、寺社でも武運長久の御利益を前面に出してきた。

小田原・箱根町域で出した武運長久記念広告
小田原町長をはじめ、学校長、企業や、箱根の旅館、飲食店などが出稿している。蒲鉾の籠清や芦之湯の松坂屋など今に残る名前も見受けられる。小田原の東華軒は、小鯵押寿司で知られる明治21年から駅弁販売を始めた老舗である。小田原町が市に昇格したのは昭和15年12月である。

内容
「出征将士の祈武運長久
小田原町町長 新開諦観 小田原々助役 夏堀正三 小田原高等女学校長 浅井誠一 小田原中学校長 林田政徳 小田原町 銀行同盟会 小田原町 株式会社 明和銀行 小田原町 弁護士 佐藤謙吉 小田原町 東華軒 小田原町 籠清 〜」
掲載:昭和14年8月
陸軍士官学校の卒業を祝した広告
昭和12年のざまに移転した陸軍士官学校の第52期卒業を祝した広告であるが、併せて武運長久の言葉も並んでいる。 様々な地元の名士や会社、商店が出稿している。 在郷軍人会、国防婦人会、警防団、陸軍御用など時世を表わす文言が並んでいる。

内容
「奉祝 陸軍士官学校五十二期卒業 祈武運長久
 県会議員 岩本信行 座間町町長 稲垣許四郎 在郷軍人座間分会長 大澤功 国防婦人会長 稲垣セウ 陸軍御用 相模商事株式会社〜」
掲載:昭和14年9月
明治神宮初詣の広告
明治神宮への初詣は東横電車でという広告。 東京横浜電鉄とは現在の東急電鉄の前身である。

内容
「初詣 国威宣揚・武運長久祈願
 明治神宮へ 桜木町妙蓮寺間各駅 渋谷ゆき 往復2割引
  澁谷より高速地下鉄道 神宮前駅下車が便利です」
掲載:昭和14年12月
大山初詣の広告
神奈川の霊峰大山は、江戸の昔から信仰の山として知られ、大山講が組織されるほど民衆に人気が高かった 。 大山鋼索鉄道株式会社とは、昭和6年に開業した阿夫利神社まで登るケーブルカー路線である。

内容
「大山へ初詣で!  開運の神 大山阿夫利神社
京浜から恵方に当ります 正月早々参詣して開運の隆昌と皇軍武運長久を祈りましょう
  平塚より、伊勢原より大山へ乗合自動車があります。大山町よりケーブルカーが縫つています。大山鋼索鉄道株式会社」
掲載:昭和15年1月
横須賀の昭和15年年賀広告
横須賀を中心に周辺地域の年賀広告。記載のほか、周辺町村長や学校、医院、飲食店など数多くが出稿している。

内容
「賀正 祈武運長久 2600
横須賀商工会議所 市立工業学校 横須賀高等工学校 信證女学院 株式会社横須賀食品市場 日の出町会 横須賀市東郷通りさいか屋 横須賀市立校長交誼会 〜」
掲載:昭和15年1月
高幡不動の広告
関東三大不動に数えられる。28日はお不動様の縁日であり、現在は参道が歩行者天国になり露店が出て賑わう用田。京王線の高幡不動駅は昭和12年に改名されたもので、当初は高幡駅として開設された。


内容
「高幡山不動尊
二十八日は武運長久祈願に! 京王電車 高幡不動駅下車」
掲載:昭和15年2月


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