映画・演劇・興業の広告

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当時の娯楽の代表は映画と演劇である。それだけ一般市民に対する影響力も強く、為政者としては利用しない手はなく、検閲によって当局に批判的なものは一切できず、逆に国策にあった内容のものを強制された時代であった。映画制作会社は、昭和17年に戦時企業統合により、新興キネマ・大都映画・日活製作部門が合併した大日本映画製作株式会社が誕生し、松竹、東宝の3社体制となった。
更に、17年2月1日、映画の配給を一元化するために映画配給社が設立された。同社は、国内の映画館を紅系と白系の2系統に分け、3社が制作したすべての映画を配給した。

吉本興業の広告
この頃には全国に直営劇場や事業所が60か所に及んだという吉本興行であるが、戦争の影響を受け、芸人の出征や戦災により劇場を失うなど苦難の時代であった。「楽劇隊」も敵性語排斥の影響で「吉本ショウ」を改名したもの。内容も時世に合わせ「撃ちてし止まむ」である。

内容
「吉本楽劇隊 撃ちてし止まむ 陸軍記念日特別公演
1日より 横浜花月 圧倒的凱歌を奏して愈々白熱化せる吉本楽劇隊 春の三本立て 軽喜劇 磯村幸夫作並演出 1新婚環状線 三景 新喜劇 丸山いさむ作並演出 2撃ちてし止まむ 三景 音楽劇 瀬川與志作並演出 3椰子の実 六景
1日より 花月小劇 大空ヒットの対話集団 新婚民謡めぐり 
曽我廻家一奴一座 喜劇心の隣組 二場
漫才:志恵子・新太郎 染和・染代 漫芸:玉子・美聲子 小松・松太郎 浪曲:木村重正 漫才:道雄・一歩」
掲載:昭和18年3月 
横濱宝塚劇場の広告
この頃はどこを見ても「撃ちてし止まむ」である。「止まん」と「止まむ」と二通りの表記があるが意味は同じである。

内容
「撃ちてし止まん週間 三月四日大公開!
闘魂世界を圧す 陸鷲ビルマ戦の敢闘! 文部省推薦映画 陸軍航空戦記 陸軍航空本部後援
われらの闘志 ここに結集す! 長編文化の野心作 撃ちてし止まん 陸軍省報道部後援
横濱宝塚劇場 電話(3)五四六六」
掲載:昭和18年3月 
世界戦争展の広告
詳細は不明だが、戦意高揚のための展覧会で、世界を冠していることからヨーロッパにおけるドイツ、イタリアの戦いぶりを称賛し、併せて我が日本の戦いぶりを紹介する内容なのであろう。 因みに会場の「多摩川園」とは、大正14年12月23日に開園した遊園地(昭和54年閉園)で、昭和52年まで東横線の駅名にその名を残していた。すなわち、平成12年に現在の多摩川駅に改称されるまでは、昭和6年から多摩川園前駅、昭和52年12月に多摩川園駅であった。

内容
「撃ちてし止まむ! 三月十日 五月十一日 世界戦争展
会場 多摩川園 東京急行電鉄東横線」
掲載:昭和18年3月 
横浜日活館の広告
「桃太郎の海鷲」とは、昭和18年3月25日に公開された日本初の長編アニメで上映時間は37分である。真珠湾攻撃を桃太郎の鬼退治になぞらえてアニメ化したもの。「闘う護送船団」は実写記録映画であるが、この2本立てで上映された。
制作会社は藝術映画社で、監督は瀬尾 光世。日活とは、大正元年創立の「日本活動写真梶vのことであるが、この時期、制作部門は戦時統合によって合併し大日本映画製作株式会社となっている。

内容
「明日同時封切の二大巨編
日本最初の長編漫画 この映画を決戦下 小国民に贈る
桃太郎の海鷲  闘う護送船団」
掲載:昭和18年3月 
川崎東宝第一劇場の広告
先月の上記横浜日活館と同内容であるが、2本立ての紹介が逆になっている。

内容
「上映中 七日まで 戦う護送船団 
(日本最初の長編漫画 桃太郎のハワイ爆撃行)桃太郎の海鷲 後援 海軍省、陸軍報道部」
掲載:昭和18年4月 
横浜日活館の広告
昭和18年4月封切り、松竹の大船撮影所で制作された映画、紅系。 本格的な本土空襲は昭和19年末からになるが、国内では既に空襲はあるものとして防空訓練が行われており、この映画も空襲に対すると備えと、実際の空襲の様子を描くことで、国民の空襲に対する意識向上と戦意高揚を図る目的で作られたもの。

内容
「…八日から上映… 国民必見の映画  
田中絹代、高峰三枝子の 敵機空襲」
掲載:昭和18年4月 
決戦展の広告
神奈川新聞社主催で、戦意高揚の目的で開催された。同新聞の初日の記事によると「来れ決戦展へ 花月園に戦場再現 偲ぼう皇軍の労苦を」というタイトルの下、「北に南に奮闘する我が皇軍将兵の労苦を偲び、感謝を捧げるとともに、会場いっぱいに繰り広げられる凄烈な戦場再現によって戦争の真の姿を伝え、鬼畜米英に対する敵愾心を喚起し、更に撃ちてし止まむの決意を奮起させると言う雄大な構想の基に企画した」とある。会場は第一から第四まで4会場に分かれ、爆撃機に搭乗して大東亜戦争の全貌をパノラマで展開、産業戦士の姿や米英の侵略の歴史展示、敵前上陸のパノラマ、南方戦場のジャングルの中に鹵獲兵器の数々を展示などで、多くの観覧者を集めたという。

内容
「見よ!!見よ!!! 而して更に撃ちてし止まむの熱血を湧かしめよ!! 
決戦展  自五月一日 至六月十日 本社主催 会場 つるみ花月園」
掲載:昭和18年5月 
横浜常設館の広告
5月27日、海軍記念日に合わせて全国一斉封切りされた大映映画。大正11年に署名されたワシントン海軍軍軍縮条約は、主力艦保有割合数を米英の5に対し3に制限されたことで、国内では不平等条約だと非難の声が巻き起こった(実際は日本は得をしたとされる)。米英相手にハワイ海戦、南太平洋でお返しをするという物語。

内容
「二十七日ヨリ 五五三華府屈辱条約を見返すのは果たして何時だ?  海ゆかば
石黒達也、水島道太郎、井染四郎、瀧口新太郎、琴糸路、橘公子 大映総動員、演出伊賀山正徳
横浜常設館」
掲載:昭和18年5月 
海軍将兵相撲大会の広告
5月27日の海軍記念日行事の一つに合わせて企画された。新聞記事によると、「海軍魂を土俵の上で展開し、胸のすくきびきびとした規律のもとに肉弾うなる熱戦を期待する」とある。花月園で5月27日というと、ちょうど決戦展の期間中でもある。

内容
「五月二十七日(午後二時) 会場 鶴見花月園
海軍将兵相撲大会 主催 神奈川新聞社 横浜銃後奉公会
「註」二十七日雨天の場合は三十日三十日雨天の場合は中止」
掲載:昭和18年5月 
横浜常設館の広告
「大陸新戦場」とは、昭和18年7月1日に公開されたドキュメンタリー映画。副題にある「浙かん作戦」とは、中国側の着陸用の飛行場破壊を目的とした作戦で、昭和17年5月から9月にかけて浙江省と江西省にまたがる地域で行われた。

内容
「七月八日上映 
浙かん作戦の記録 大陸新戦場 監修 陸軍省報道部
漫画界の人気者総出演 マンガ映画決戦大会 漫画六種一括上映
横浜常設館」
掲載:昭和18年7月 
松沢演芸社の広告
軍港都市横須賀の演芸社。広告内容から、演芸の本場浅草に事務所を持っており、海軍御用の肩書から、海軍向けの演芸イベントの企画を行っていたと推測される。

内容
「慰安演芸 東京事務所 淺草松竹座前 電浅五四九三
銃後の健全娯楽 慰安会演芸の御用命は 横須賀市汐留大通り 海軍御用 松沢演芸社 電話一五一」
掲載:昭和18年7月 


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