保険会社の広告

広 告
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保険会社の広告といっても、戦争遺跡の観点から、戦争遂行に関わる商品や戦意高揚など国策に沿った内容のものなど、戦争をイメージさせる広告を紹介する。 特に、現在は存在しないが「徴兵保険」という商品が存在し人気であった。
<戦争保険について>
戦争保険とは、政府の補償のもとに戦争の為に被った損害に対して補償するもので、どの保険会社でも扱っていたという。本土空襲は必至として常会で保険加入が進められた。
死亡傷害保険は、2種類あり、甲種は屋内で被った死傷に対する保険で、保険料は年千円の補償に対して三円の割合。乙種は屋内外で被った死傷に対する保険で年千円につき十円の割合。損害保険は、住宅、家財、工場、商品の別なく、六か月補償千円に対して二円の割合。勿論、普通の火災保険では戦災による損害は補償されない。 

徴兵保険の広告
徴兵保険とは、今の学資保険に似たもので、男子が子供の頃に加入し、徴兵検査に合格すると保険金がおり、支度金として使用できるといもの。第一徴兵保險(株)は、日本初の徴兵保険の会社で戦後の東邦生命(現ジブラルタル生命保険)である。戦前ならではの保険である。

内容
「第一徴兵保險 新種保險開始 利益配當金附戰友共済保險 利益配當金附護國養老保險
本邦唯一の無審査保險 本邦に於ける徴兵保險の創始者たる我が第一徴兵保險株式會社は、今般創立第三十五周年を期し、現役、在郷の帝國陸海軍人の爲に戰友共済保險、護國養老保險の新種保險を開始致しました。
何れも、本邦唯一の無審査養老保險にして、保險料極めて低廉にて、帝國軍人の平戰兩時に於ける福利増進の爲に、適切有利なる保險金支拂、並に利益配當の方法を講じてあります。 
外務社員招聘 在郷軍人歓迎 本社 東京・銀座」
掲載:昭和8年5月 
富国徴兵の広告
富国徴兵保険相互会社は、大正12年創業。現在のフコク生命であり、徴兵保険で業績を伸ばした。 七億円突破の文字と力強く進撃する騎兵の写真を用い、保険加入促進の雰囲気を高めている。

内容
「富国徴兵 契約高(十二年八月末) 七億円突破
皇軍の向かう所敵なし
本社 東京日比谷 社長 根津嘉一郎」
掲載:昭和12年9月 
富国徴兵の広告
昭和12年8月末で契約高7億円突破という広告を出していたが、それから1年と少しで10億円を突破、約4割アップという業績である。イラストは上りゆく朝日を浴びて立つ兵士であり、会社の勢いを象徴している。

内容
「創立十五周年 富国徴兵 契約高 拾億円突破」
掲載:昭和14年4月 
第一生命の広告
昭和13年11月に竣工した第一生命保険の新社屋である。耐弾という言葉に当時の世相が現れている。太平洋戦争時には屋上に高射砲が据えられ、また、戦後はGHQに接収され、司令部として使用された歴史ある建物である。現在は一部を残して改築された。

内容
「第一生命保険相互会社
地上十階・地下四階岩盤の上に巍然たる耐震‐耐火‐耐弾の新館は我社の事業と共に確固そのものであります。 「加入者各位にて参観御希望の方は日曜・土曜・祭日を除き午後一時より三時迄においで下さい。」
東京・日比谷」
掲載:昭和14年5月 
富国徴兵の広告
昭和14年4月に契約高10億円突破という広告を出していたが、それから1年と少しで15億円を突破、日の出の勢いである。

内容
「契約高 十五億突破! 富国徴兵
時局化の一大奉仕!加入者………百七十六万余人
我社は本年一月から徴兵保険約款の一部を改正して、保険料は従来のままで全契約者に遡って保険金支給の条件を拡大しました。従って一月以後の満期支払に際しては従来の保険金八割払の兵種の入営者に対しても、保険金の全額と社員配当金を支払って居ります。」
掲載:昭和15年8月 
千代田生命の広告
明治37年創業、戦後まで存続したが、平成12年経営破綻し、現在ジブラルタ生命保険に統合。

内容
「社礎愈□固 千代田生命
業績躍進 創業以来三十六年余常に順潮なる伸展を重ね、事変下業績更に躍進して優秀なる記録を示しつつあります。契約高二十六億円 資産 四億二千万円
興亜の力 生命保険は最も効果的な国民貯金であると共に、興亜の力として其重要性が深く認識された来ました。当社は国策に協力し保険報国に鋭意邁進して居ります、」
掲載:昭和15年8月 
片倉生命の広告
戦前の財閥の1つ片倉財閥が大正11年に設立した生命保険会社。昭和17年に日産生命保険と合併、戦後消滅。

内容
「興亜の貯蓄は保険から  片倉生命  本社・東京・京橋
◇本年度百二十億の国民貯蓄は、興亜大業遂行上絶対に必要で、是非共銃後国民が完成せねばなりません。◇我社は、夙に貯蓄的保険として「利益配当付厚生養老保険」を提供し、好評を戴いております。◇保険独特の仕組によって御家庭を護り、而も国民貯蓄に協力し得る、我社の保険を御利用下さい。
◇社員招聘◇我社は第一線に活躍する写真諸氏を特に優遇し、既に幹部に抜擢された社員も多数に上っております。目下募集中でありますから本社又は最寄りの営業所へ御照会下さい。希望により現住所に於て勤務することも出来ます。」
掲載:昭和15年11月 
大同生命の広告
お国ために御奉公が、常套句の時代に入った模様。

内容
「お国のためお家のため貴下が為すべき二千六百年掉尾の御奉公は?弊社の保険加入に依る百廿億貯蓄への御参加です!
配当が非常に多い好利回の国民貯蓄特別養老保険 保険料が極めて安く掛け続け易い普通養老保険」
掲載:昭和15年12月 
日本生命の広告
明治22年創業、日本で三番目に設立された最大手の保険会社。また、昭和15年に日本初の利源別配当付普通保険を始めた会社でもある。内容を見ると、「大東亜共栄圏」「高度国防国家体制の完成」「職域奉公」などの文言が並び、、まさに国策企業の代表のような書きぶりである。

内容
「国策に協力する…
時局下の生命保険事業は ただに御加入者各位の生活保全のためのみならず、高度国防国家体制完成への途上、最も必要な国民貯蓄運動の強力なる一翼として、大東亜協栄圏の確立に至大の貢献をなしつつあります。
本社の昨年度業績は 幸い江湖各位の御賛同を得て、保有契約高は五十億余万円に、保有資産は七億五千万円に達し、一は戦時下国民生活安定の防塞とし、一は公債消化、生産力拡充の資金として、それぞれその役割をはたしつつあります。
本社の利源配当付保険は 新体制にふさわしい進歩的保険として益々大方の好評を博して居りますが国策貯蓄の領域を拡め、更に御加入の御便宜のため、月払保険を創始し、近く六大都市に実施する予定であります。
国家ともに飛躍する本社は 戦時下に於ける斯業の使命と職能に鑑み、責務の重大なるを自覚し、一意職域奉公に邁進せんとするものであります。(保険案内贈呈)
日本生命 大阪市東区今橋四丁目 」
掲載:昭和16年2月 
日本徴兵保険の広告
同社は、明治44年創業の徴兵保険の会社で、戦後、大和生命保険と改称されたが、消滅し、現在のプルデンシャル ジブラルタ ファイナンシャル生命保険に継承されている。徴兵といいながら、志願兵も対象となる旨アピールしている。

内容
「日本徴兵 御子様の保険 志願兵等も保険金全額支払
東京日比谷」
掲載:昭和16年4月 
安田生命の広告
同社は、明治13年創立の共済五百名社が前身。昭和4年に安田生命保険株式会社と改称した。この時期、銀行、保険会社は国策の名のもとに大きく業績を伸ばしていた。

内容
「賛平氏曰く 翼賛他ならず
生活を刷新して、貯蓄の増加に努め、以て国策遂行に協力するに在ります。 国のため、身のため、最も合理的で確実有利な国民貯蓄―弊社の新種保険を御研究下さい。
完備せる奉仕約款 自動延長保険 貯蓄貸付 保険金分割払 保険料一時払 安田生命 横浜支店 横浜市相生町」
掲載:昭和16年5月 
片倉生命の広告
15年11月の広告では、「120億円」だったのが、わすか半年で15億円増加したことになる。また、「興亜大業遂行上絶対必要」とうたっていたのが、「高度国防国家建設上絶対必要」と切迫感が増している情勢が伺える。

内容
「百三十五億保険で貯蓄  片倉生命  本社・東京・京橋
〇百三十五億貯蓄は高度国防国家建設上絶対必要で、之が達成は銃後私共の責務です。 〇国を護り身を護る国民貯蓄は生命保険に優るものはありません。 〇我社の新種「厚生養老保険」は貯蓄的保険として定評あり、時局化愈々その真価を発揮して居ります。」
掲載:昭和16年5月 
日本生命の広告
現在の巨大企業日本生命は、国策に乗って成長してきたことがわかる。また、日本人の生命保険加入率の高さの根源もここにあるのであろう。

内容
「保険で協力!  百三十五億貯蓄達成へ  日本生命
緊迫せる世界情勢に… たのむは国力の充実のみです我々は速やかに高度国防国家体制を確立するため、総力を挙げて邁進せねばなりません。
これがためには… 過去三回に亙る国民貯蓄を立派に果たした熱意と努力を以て更に百三十五億貯蓄を完遂し銃後国民の義務を全うしましょう。
生命保険こそは… 戦時下、貯蓄運動の強力な一翼として、国債消化と生産力を提供し、同時に銃後国民生活を確保する一石二鳥の特質を遺憾なく発揮して居ります。 」
掲載:昭和16年6月 
日本徴兵保険の広告
あどけない子供は戦闘機を見ているのであろうか。お馴染みの徴兵保険である、よって入営や学資はわかるが、結婚資金にまでとは時代を感じさせる。

内容
「お子様の保険!
入営に 学資に 婚資に 徴兵保険 生存保険を
日本徴兵 東京・日比谷」
掲載:昭和16年7月 
富国徴兵の広告
昭和15年8月の広告で15億円を突破とあり、約1年で20億円の突破である。 爆撃機(2枚の垂直尾翼から帝国海軍九六式陸上攻撃機であろうか)のイラストを使って、邁進する会社の様子をアピールしている。 少しづつ現れてきているが、先進の左横書きの広告である。

内容
「契約高20億円突破 邁進!邁進!  富国徴兵 本社 東京・日比谷」
掲載:昭和16年7月 
日本徴兵の広告
各社は、徴兵の制度の変更に伴って徴兵保険も条件や内容を改め顧客拡大に努めている。 イラストは勇ましい戦車を登場させることで、戦意高揚とともに保険加入の大切さを訴えているのであろう。

内容
「割増保険金付 徴兵保険 9月一日より発売
現役入営の外 志願入営、招集、陸海軍学校入学等も保険金全額と多額の割増保険金支払
  日本徴兵 東京・日比谷」
掲載:昭和16年9月 
富国徴兵の広告
保険内容を数式を用いて表現している。一目でわかるような工夫である。確かに文章で書くよりわかりやすい。

内容
「今日の課題 時代に先行した富国徴兵の新発売、割増金付徴兵保険に加入したら―
〇保険料+入営 = 保険金+割増金+配当金 
〇保険料+不入営 = 保険金八割+配当金     ………… 支払
東京・日比谷 富国徴兵」
掲載:昭和16年9月 
第一徴兵の広告
新商品開発や元祖を強調するなど、顧客獲得競争が激しかったのであろう。

内容
「徴兵保険は又前進した! 保険金支払範囲拡大 割増保険金の支払 不合格でも八割支払
入営すれば勿論 入営しなくても又戦時でも平時でも契約者の福利第一に改正された新種保険愈々発売!
徴兵保険の開祖(創立明治三十一年) 第一徴兵 
新営業案内進呈 支部・横浜市中区本町 本社・東京銀座」
掲載:昭和16年9月 
日本生命の広告
戦争のイメージはないが、保険の仕組みを丁寧に紹介しているところが興味深い広告である。

内容
「日本で初めて出来た利源式配当!
生命保険会社の利益は死亡が予定以下に止まり 資産が堅実に運用され 営業費を能率的に節減することによって生まれて来るものでありますから、これを一つ一つの契約が産み出した割合に応じて、直ちに加入者に分配する仕組みが、最も斬新な配当方法といえましょう。 我社の利源配当付保険は、日本で初めて適正でしかも低廉な保険料を以てこの方法を実施しました。
(営業案内贈呈) 日本生命 」
掲載:昭和16年10月 
富国徴兵の広告
記事中広告。見た目はこども向けのようだが、子供が大人に訴えている効果を狙っているのであろう。

内容
「ボクラのホケン オクニのソナエ  富国徴兵」
掲載:昭和17年1月 
日本徴兵の広告
これも記事中広告。「大東亜戦争だ」の文字、まさに戦争中なのである。富国徴兵保険の広告もであるが、標語調になってきている。

内容
「大東亜戦争だ!! 努めよ貯蓄 護れよ国の子  日本徴兵」
掲載:昭和17年2月 
富国徴兵の広告
戦闘機のイラストを使って、戦争に直結していることをイメージさせる作戦であろうか。

内容
「国民貯蓄………… 益々公表の新種保険徴兵  
富国徴兵」
掲載:昭和17年2月
富国徴兵の広告
爆弾を使い空爆をイメージさせるイラストと子供の保険とは、一見ミスマッチのように思えるが、徴兵保険なので、保険金がおりるときは、我が子が兵隊となって戦地に赴く、という意味なのだ。

内容
「コドモのホケン 富国徴兵 感謝貯蓄」
掲載:昭和17年3月
日本生命の広告
当然であるが、イラストの爆撃機の編隊は敵機ではない。陸軍の九七式重爆撃機であろうか。

内容
「この光栄を担うものは誰
それは貴方です。
大東亜戦争完遂のため総力を挙げて邁進しているときこれ等の台所を引き受けているものは我国の経済力です。
この経済力を確保するためには是が非でも二百三十億円を貯蓄によって作り出さねばなりません。 これは銃後国民に与えられた光栄ある責務です。
この責務を全うするためには確実で而も長期に亘ってお役に立つ貯蓄でなければなりません。
生命保険は最もよくこの目的に適っているものと信じます。邦家の爲め貯蓄戦士として即時この光栄を担いましょう。
日本生命 (営業案内贈呈) 大阪市東区今橋四丁目」
掲載:昭和17年4月 
富国徴兵の広告
飛行服を着た子供のイラスト。勇ましく見えるが、嫌がおうでも子供たちを戦争に捧げなければならない時代であった。

内容
「次の時代は君達だ!
コドモのホケン 富国徴兵」
掲載:昭和17年4月
第一生命の広告
長文であるが、戦費に充てるために貯蓄が必要、そして貯蓄には保険の加入が一番ということを述べている。

内容
「□布哇(ハワイ)に、緬甸(ビルマ)に、豪州に、今や皇軍将兵は南北五千粁(km)、東西一万数千粁(km)の陸、海、空に、破竹の進撃を続けていいる。「兵隊さん有難う!」然し、銃後の進撃も前線に一歩も遅れてはならない。
□近代戦は総力戦である。武力戦であるのみならず、経済戦である。一億一心、勤倹貯蓄!以て戦費の資源たる公債の消化に充てねばならない。「勤倹貯蓄」の四字を我々銃後一億が実行するか否かが経済戦成否の分岐点である。
□貯蓄は銀行預金あり、郵便貯金あり、公債の購入固より結構である。然し、長期に亘る、強制貯蓄の意味に於て、生命保険の加入こそは時局下の貯蓄として、極めて適当と言うべきである。
□戦費が増大すれば貯蓄の目標も亦増大する。本年度の貯蓄目標は二百三十億円と決定された。銃後国民は前線の兵隊さんの弾丸の心配をさせる様な事があっては断じてならない。一億一心、前線将士の心を以て経済戦に邁進すべきの秋である。
第一生命保険相互会社 東京市日比谷 (申込案内書贈呈)」
掲載:昭和17年10月 
千代田生命の広告
時代に合ったストレートな標語、広告には、ありそうでなかった。実費の保険とは、実際に要した費用を補償してくれるという意味か?

内容
「大東亜戦争完遂へ
実費の保険  相互組織 千代田生命」
掲載:昭和17年11月
千代田生命の広告
先月に続く広告である。デザインを踏襲しており、一目でわかるようにとの狙いであろう。「大詔に奉答せん」は開戦1周年から出てきた表現である。

内容
「保険報国 大詔ニ奉答セン
相互組織 千代田生命」
掲載:昭和17年12月
第一生命の広告
10月に続き長文の広告。こんな感じで、戦争遂行に総てを捧げるという全体主義が刷り込まれていく。

内容
「戦果に応えよ
大詔渙発後、茲に早くも第一周年を迎う。御稜威の下、皇軍将兵の忠烈無双による緒戦の戦果はいうも更なり今や武力戦に於て米英打倒の陣営全く成る。 之に対して銃後国民は、断じて前線の将兵に後顧の憂いあらしむべからず。
長期戦下の覚悟
近代戦は国家総力戦なり。生産、思想、経済の立体戦下、万民挙って之に参加すると共に、銃後も亦戦場なりの覚悟を固むべし。 戦線に一日の懈怠なし、また不満不足を言うもの無し。今や吾人は一家一身の利害を清算し一路国家の命ずる所に邁進すべし。
貯蓄の高度増強
第一線を偲びて、生活費を切下げ勤倹貯蓄、職域励精、一億一心以て職責の根源なる公債消化へ強力奉仕すべし。 大東亜戦第一周年に際し、吾人は之を以て戰爭完遂の決意を新たにせんとす。
東京・日比谷 第一生命保険相互会社 電話丸ノ内〜」
掲載:昭和17年12月 
富国徴兵の広告
鉄兜をかぶり、腰には銃剣らしきもの、そして日の丸を持って走る子供。戦闘ごっこでもしているのであろうか。 時代を表したイラストである。

内容
「子強くして 国強し !
コドモのホケン 富国徴兵」
掲載:昭和17年12月
富国徴兵の広告
「撃ちてし止まむ」とは古事記に起源を持つ言葉で、当時、盛んに用いられたスローガンである。直訳は「敵を打ち砕いたら戦いをやめる」という意味で、意訳すると「敵を倒すまでは戦い続ける」ということになる。この信念によれば、戦争をやめることはできない訳である。

内容
「撃ちてし止まむ
富国徴兵」
掲載:昭和18年3月 
日本生命の広告
こちらも「撃ちてし止まむ」である。210億円とは貯蓄目標額なのであろうが、雪だるま式に増え続けている。総攻撃とは勇ましいが、半強制的に集められるもので、国民とってはたまったものではなかったはず。

内容
「二百三十億へ 総攻撃
撃ちてし止まむ 日本生命」
掲載:昭和18年3月 
富国徴兵の広告
こちらもシンプル。太平洋を帝国海軍の軍艦が力強く進む姿を描いている。徴兵保険自体が子供を対象にした保険であり、子供が国づくりの基本であることから、保険加入を訴えている。

内容
「大東亜築く力だ 子供の保険
富国徴兵」
掲載:昭和18年3月 
富国徴兵の広告
富国徴兵の広告は力強いタッチで印象深いが、今回はコピーも気が利いている。つまり、収入を貯蓄に回して生活を切下げることで、貯蓄が増え、その結果、国力、つまり日の丸が上るということ。

内容
「生活切り下げ 日の丸上げる
理想の国民貯蓄 富国徴兵」
掲載:昭和18年4月 
日本生命の広告
具体の配当金額を示して契約者を獲得しようという作戦。誠実さがにじみ出る広告。

内容
「戦力増強のために!!   
生命保険は………
一、戦時の生活にしっかりした安定感と、一層の頑張りを與へるばかりでなく 一、国民貯蓄として長期資金を蓄積し、公債の消化や重要産業の発展に大きな役割を果たします かくて 一、明朗な家庭を築き、大東亜戦争必勝を目指す戦力増強の基となるのであります。
日本生命は………
一、江湖各位のご信頼を賜はり、創業茲に五十有四年の歴史を持ち  一、本年初に於ては、契約高七十億三千万円、総資産十億三千万円に上りました。殊に  一、斯界に魁けて創始した利源配当附保険は戦時下に愈々其の真価を発揮し、画期的な業績を続けて居ります。
利源配当附保険契約に対する利益配当金決定 昭和十五年度御契約の第二回配当金三十年満期男子御契約(一万円の例)
 御契約年齢          二〇才       二五才      三〇才    三五才      四〇才    四五才     五〇才
 第二回配当金         四三円       三九       三五      三八       四五      五八      七九
 差引本年度総払込金額  二五二・九〇円 二五六・一〇 二六八・九〇 二七八・九〇 三一八・八〇 三六五・四〇 四三三・四〇
尚昭和十六年度御契約に対する第一回配当金は昭和十五年度御契約の分と同額であります。
日本生命  大阪市東区今橋四丁目 横浜市中区尾上町四丁目」
掲載:昭和18年4月 
第一生命保険の広告
今では考えられないが、昭和18年4月1日に「戦争死亡傷害保険法」が施行された。政府が戦争による死亡傷害を対象とした保険を始めたのである。目的は勿論、戦費調達であるが、この後、厖大な戦死傷者が出たことを考えると収支はどうであったか。

内容
「戦争死亡傷害保険の開始
〜て戰爭死亡傷害保険が制定せられ、我社も其指定取扱会社に指定せられました。 二、本保険は、利益ある場合はこれを政府に上納し、また損失は政府より補償せられる、全く非営利なものであります。 三、戦争の際に於ける戦闘行為又は之に関連ある事件(内地空襲の場合等を含む)に因る死亡傷害に対して保険金を支払います。 四、保険金額は被保険者一人に付最高五千円迄、保険料は甲種保険(帝国内)は千円に付一年三円。乙種保険(帝国外)は千円に付一年十円。何れも一年で掛け捨であります。 五、銃後にあって御活動の方々は固より、前線御出動中の方でも、老若男女年齢を問わず、身体検査の要なく、極めて簡単に加入出来ます。
東京・日比谷 第一生命保険相互会社  案内書贈呈」
掲載:昭和18年4月 
富国徴兵の広告
爆弾のイラストが生々しいが、戦争による死亡傷害保険を表しているのであろう。先月から戦争保険が認められたのだが、保険料はかなり高額であったのではないだろうか。

内容
「戦時 死亡傷害保険取扱
本社 支部 取扱 富国徴兵」
掲載:昭和18年5月 
第一徴兵の広告
空襲は必須とされていた。備えとして戦争死亡傷害保険はタイムリーであったろう。中央のイラストは不詳だが、左上は空襲の備え、バケツと火ばたきである。右上は保険証書であろう。

内容
「空襲来れ!備えあり
戦争死亡傷害保険 第一徴兵 大蔵省指定取得」
掲載:昭和18年5月 
日本生命の広告
学童保険とは、今の学資保険に似たものだと思われるが、一方、徴兵保険が存在しているので、それぞれ何か違いがあるのであろう。創始という言葉が出て来るので、日本生命が始めた保険と言う事はわかる。

内容
日本生命の学童保険
お子様への御自愛を 皆様のお子様は立派な第二の国民として、大東亜の盟主である新しい日本を背負って立たれる御国の宝です。
保険に優る慈愛なし 弊社は決戦の年の重大性に鑑み、お子様の将来を完全に守り、しかも国民貯蓄増強のため、利源配当付保険を更に拡大し、学童保険を創始しました。お子様方のために日本生命の学童保険をお勧め申し上げます。
日本生命の学童保険 ▼国民学校入学と同時に満六歳から御契約致します。 ▼お払込期間は十年、十五年、二十年の三種類が御座いますから、学資金や結婚資金の御準備、南方雄飛資金のお積立に好適です。 ▼保険料は頗る低廉で三年目から早くも配当金を御分配致します。
日本生命 大阪市東区今橋四丁目 横浜市中区尾上町四丁目 (営業案内贈呈)」
掲載:昭和18年6月 
生命保険統制会の広告
生命保険統制会とは、昭和17年4月、国民貯蓄の増強と軍備目的への資金配分を目的に、金融統制団体令が制定され、日本銀行を頂点とする全国金融統制会を設立。その傘下に設けられた業態別統制会の一つ。
一、普通銀行統制会 二、地方銀行統制会 三、貯蓄銀行統制会 四、勧農金融統制会 五、信託統制会 六、生命保険統制会 七、無画統制会 八、市街地信用組合統制会 九、証券引受会社統制会
この時期の金融機関は全て270億円貯蓄総進軍を掲げていた。

内容
「270億貯蓄総進軍
組合貯蓄にも生命保険 大蔵省・生命保険統制会」
掲載:昭和18年6月 
日本生命の広告
早速、神奈川県下の生命保険統制会の広告である。当時の保険会社が網羅されており興味深い。

内容
二百七十億貯蓄総進軍 六月十五日ヨリ七月十四日マデ 国民貯蓄は保険から!!
貯蓄なくして勝利なし 生命徴兵保険は兵器なり 挙って保険貯蓄を致しましょう 生命保険統制会 神奈川県統制委員会
板谷生命 日本生命 日本徴兵 日産生命 千代田生命 第一生命 第一徴兵 大同生命 第百生命徴兵 野村生命 安田生命 富国徴兵 帝国徴兵 愛国生命 明治生命 三井生命 住友生命 (イロハ順)」
掲載:昭和18年6月 
富国徴兵の広告
富国徴兵は定期的に広告を出稿しているが、矢張り「貯蓄総進軍」の言葉を使用している。これは、当局の指示なのか、はたまた忖度なのか。

内容
「忠魂に応えて 貯蓄総進軍
富国徴兵」
掲載:昭和18年6月 
安田生命の広告
ヨイコノホケンとは今の学資保険に婚礼資金が組み込まれたものと推測されるが、婚礼にはそれなりの費用を要するのが常識であった。ところで、このイラスト怖い!

内容
「ヨイコノホケン
ヨイコの国民貯蓄 診査のいらぬ興亜保険 学資や婚費が確保される  ●国民学校一年生から加入できます 横浜・横須賀各国民学校御採用
安田生命 支店―横浜市中区相生町・電( )一四六七」
掲載:昭和18年10月 
横浜火災の広告
横浜火災海上運送信用株式会社が正式名称で、明治30年創立、横浜に本社を置く保険会社である。現存しない会社であるが、戦争での火災や死亡・傷害の保険と言うのは今では考えられない。それともよほど保険料が高額なのか。いずれにしても、現在では保険金対象外であるが、実際支払われたのであろうか。調べてみたい。

内容
「戦争火災運送保険取扱 戦争死亡傷害保険取扱
横浜火災」
掲載:昭和18年10月 
富国徴兵の広告
恒例の富国徴兵の広告であるが、シンプルかつ力強い広告。「勝」の漢字の脇に星があるが、この意味はあんんであろう。手裏剣のように見えるが…。

内容
「勝 つために・理想の国民貯蓄
富国徴兵」
掲載:昭和18年11月 
富国徴兵の広告
イラストは奉公袋である。奉公袋とは、応召された時に持参する袋で、中には軍隊手帳、勲章、記章、適任証書ほか各証書、召集及び点呼の令状、その他貯金通帳など応召準備及び応召のために必要なものを入れておいた。 つまり、貯蓄の戦いにも応召される(貯金すること)を促しているのだ。

内容
「貯蓄戦でも 召された心   決戦貯蓄 富国徴兵」
掲載:昭和18年11月 
日本生命の広告
「みたみわれ(御民我)とは、天皇の民である私という意味。万葉集で海犬養岡麻呂が詠んだ歌で、 昭和18年7月、大政翼賛会が曲をつけ唱歌「みたみわれ」として制定した。 目標額は18年4月から設定されたもの。

内容
「二百七十億へ 総攻撃!  みたみわれ この大いくさに 勝ちぬかん
日本生命」
掲載:昭和18年12月 
第一生命保険の広告
明治25年日本初の相互會社として創立。平成19年に株式会社に転換している。イラストの弾丸は、キャッチコピーと相乗効果を狙っている。

内容
「貯蓄は銃後の弾丸
第一生命保険相互會社 東京・日比谷」
掲載:昭和18年12月 
富国徴兵の広告
常連。富国徴兵の広告。毎回、噴辞職の強いイラストで戦費調達をアピールしている。今回は、日章旗を掲げて突進する兵士の姿である。

内容
「大詔畏み 貯蓄邁進
富国徴兵」
掲載:昭和18年12月 
日本生命の広告
シンプルに力強い広告。新年を迎えた国民の抱負を代弁しているであろう。大東亜戦争も2年を超えて長期戦の様相を示している中での「完勝」という言葉は、そろそろ終わりたいという願望も含んでいるのではないだろうか。軍艦旗と日章旗を使ったデザインは久々である。

内容
「完勝へ此一年
日本生命」
掲載:昭和19年1月 
富国徴兵の広告
毎回、同じ体裁で広告を出して来る。今月は労働者が出陣する戦闘機を見送っている姿であろうか。臨場感のあるイラストは富国徴兵であることが一目で分かるほどの、常連広告である。

内容
「戦場に全力! 貯蓄へ総力!
富国徴兵」
掲載:昭和19年1月 


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