保険会社の広告

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保険会社の広告といっても、戦争遺跡の観点から、戦争遂行に関わる商品や戦意高揚など国策に沿った内容のものなど、戦争をイメージさせる広告を紹介する。 特に、現在は存在しないが「徴兵保険」という商品が存在し人気であった。

徴兵保険の広告
徴兵保険とは、今の学資保険に似たもので、男子が子供の頃に加入し、徴兵検査に合格すると保険金がおり、支度金として使用できるといもの。第一徴兵保險(株)は、日本初の徴兵保険の会社で戦後の東邦生命(現ジブラルタル生命保険)である。戦前ならではの保険である。

内容
「第一徴兵保險 新種保險開始 利益配當金附戰友共済保險 利益配當金附護國養老保險
本邦唯一の無審査保險 本邦に於ける徴兵保險の創始者たる我が第一徴兵保險株式會社は、今般創立第三十五周年を期し、現役、在郷の帝國陸海軍人の爲に戰友共済保險、護國養老保險の新種保險を開始致しました。
何れも、本邦唯一の無審査養老保險にして、保險料極めて低廉にて、帝國軍人の平戰兩時に於ける福利増進の爲に、適切有利なる保險金支拂、並に利益配當の方法を講じてあります。 
外務社員招聘 在郷軍人歓迎 本社 東京・銀座」
掲載:昭和8年5月 
富国徴兵の広告
富国徴兵保険相互会社は、大正12年創業。現在のフコク生命であり、徴兵保険で業績を伸ばした。 七億円突破の文字と力強く進撃する騎兵の写真を用い、保険加入促進の雰囲気を高めている。

内容
「富国徴兵 契約高(十二年八月末) 七億円突破
皇軍の向かう所敵なし
本社 東京日比谷 社長 根津嘉一郎」
掲載:昭和12年9月 
富国徴兵の広告
昭和12年8月末で契約高7億円突破という広告を出していたが、それから1年と少しで10億円を突破、約4割アップという業績である。イラストは上りゆく朝日を浴びて立つ兵士であり、会社の勢いを象徴している。

内容
「創立十五周年 富国徴兵 契約高 拾億円突破」
掲載:昭和14年4月 
第一生命の広告
昭和13年11月に竣工した第一生命保険の新社屋である。耐弾という言葉に当時の世相が現れている。太平洋戦争時には屋上に高射砲が据えられ、また、戦後はGHQに接収され、司令部として使用された歴史ある建物である。現在は一部を残して改築された。

内容
「第一生命保険相互会社
地上十階・地下四階岩盤の上に巍然たる耐震‐耐火‐耐弾の新館は我社の事業と共に確固そのものであります。 「加入者各位にて参観御希望の方は日曜・土曜・祭日を除き午後一時より三時迄においで下さい。」
東京・日比谷」
掲載:昭和14年5月 
富国徴兵の広告
昭和14年4月に契約高10億円突破という広告を出していたが、それから1年と少しで15億円を突破、日の出の勢いである。

内容
「契約高 十五億突破! 富国徴兵
時局化の一大奉仕!加入者………百七十六万余人
我社は本年一月から徴兵保険約款の一部を改正して、保険料は従来のままで全契約者に遡って保険金支給の条件を拡大しました。従って一月以後の満期支払に際しては従来の保険金八割払の兵種の入営者に対しても、保険金の全額と社員配当金を支払って居ります。」
掲載:昭和15年8月 
千代田生命の広告
明治37年創業、戦後まで存続したが、平成12年経営破綻し、現在ジブラルタ生命保険に統合。

内容
「社礎愈□固 千代田生命
業績躍進 創業以来三十六年余常に順潮なる伸展を重ね、事変下業績更に躍進して優秀なる記録を示しつつあります。契約高二十六億円 資産 四億二千万円
興亜の力 生命保険は最も効果的な国民貯金であると共に、興亜の力として其重要性が深く認識された来ました。当社は国策に協力し保険報国に鋭意邁進して居ります、」
掲載:昭和15年8月 
片倉生命の広告
戦前の財閥の1つ片倉財閥が大正11年に設立した生命保険会社。昭和17年に日産生命保険と合併、戦後消滅。

内容
「興亜の貯蓄は保険から  片倉生命  本社・東京・京橋
◇本年度百二十億の国民貯蓄は、興亜大業遂行上絶対に必要で、是非共銃後国民が完成せねばなりません。◇我社は、夙に貯蓄的保険として「利益配当付厚生養老保険」を提供し、好評を戴いております。◇保険独特の仕組によって御家庭を護り、而も国民貯蓄に協力し得る、我社の保険を御利用下さい。
◇社員招聘◇我社は第一線に活躍する写真諸氏を特に優遇し、既に幹部に抜擢された社員も多数に上っております。目下募集中でありますから本社又は最寄りの営業所へ御照会下さい。希望により現住所に於て勤務することも出来ます。」
掲載:昭和15年11月 
大同生命の広告
お国ために御奉公が、常套句の時代に入った模様。

内容
「お国のためお家のため貴下が為すべき二千六百年掉尾の御奉公は?弊社の保険加入に依る百廿億貯蓄への御参加です!
配当が非常に多い好利回の国民貯蓄特別養老保険 保険料が極めて安く掛け続け易い普通養老保険」
掲載:昭和15年12月 
日本生命の広告
明治22年創業、日本で三番目に設立された最大手の保険会社。また、昭和15年に日本初の利源別配当付普通保険を始めた会社でもある。内容を見ると、「大東亜共栄圏」「高度国防国家体制の完成」「職域奉公」などの文言が並び、、まさに国策企業の代表のような書きぶりである。

内容
「国策に協力する…
時局下の生命保険事業は ただに御加入者各位の生活保全のためのみならず、高度国防国家体制完成への途上、最も必要な国民貯蓄運動の強力なる一翼として、大東亜協栄圏の確立に至大の貢献をなしつつあります。
本社の昨年度業績は 幸い江湖各位の御賛同を得て、保有契約高は五十億余万円に、保有資産は七億五千万円に達し、一は戦時下国民生活安定の防塞とし、一は公債消化、生産力拡充の資金として、それぞれその役割をはたしつつあります。
本社の利源配当付保険は 新体制にふさわしい進歩的保険として益々大方の好評を博して居りますが国策貯蓄の領域を拡め、更に御加入の御便宜のため、月払保険を創始し、近く六大都市に実施する予定であります。
国家ともに飛躍する本社は 戦時下に於ける斯業の使命と職能に鑑み、責務の重大なるを自覚し、一意職域奉公に邁進せんとするものであります。(保険案内贈呈)
日本生命 大阪市東区今橋四丁目 」
掲載:昭和16年2月 
日本徴兵保険の広告
同社は、明治44年創業の徴兵保険の会社で、戦後、大和生命保険と改称されたが、消滅し、現在のプルデンシャル ジブラルタ ファイナンシャル生命保険に継承されている。徴兵といいながら、志願兵も対象となる旨アピールしている。

内容
「日本徴兵 御子様の保険 志願兵等も保険金全額支払
東京日比谷」
掲載:昭和16年4月 
安田生命の広告
同社は、明治13年創立の共済五百名社が前身。昭和4年に安田生命保険株式会社と改称した。この時期、銀行、保険会社は国策の名のもとに大きく業績を伸ばしていた。

内容
「賛平氏曰く 翼賛他ならず
生活を刷新して、貯蓄の増加に努め、以て国策遂行に協力するに在ります。 国のため、身のため、最も合理的で確実有利な国民貯蓄―弊社の新種保険を御研究下さい。
完備せる奉仕約款 自動延長保険 貯蓄貸付 保険金分割払 保険料一時払 安田生命 横浜支店 横浜市相生町」
掲載:昭和16年5月 
片倉生命の広告
15年11月の広告では、「120億円」だったのが、わすか半年で15億円増加したことになる。また、「興亜大業遂行上絶対必要」とうたっていたのが、「高度国防国家建設上絶対必要」と切迫感が増している情勢が伺える。

内容
「百三十五億保険で貯蓄  片倉生命  本社・東京・京橋
〇百三十五億貯蓄は高度国防国家建設上絶対必要で、之が達成は銃後私共の責務です。 〇国を護り身を護る国民貯蓄は生命保険に優るものはありません。 〇我社の新種「厚生養老保険」は貯蓄的保険として定評あり、時局化愈々その真価を発揮して居ります。」
掲載:昭和16年5月 
日本生命の広告
現在の巨大企業日本生命は、国策に乗って成長してきたことがわかる。また、日本人の生命保険加入率の高さの根源もここにあるのであろう。

内容
「保険で協力!  百三十五億貯蓄達成へ  日本生命
緊迫せる世界情勢に… たのむは国力の充実のみです我々は速やかに高度国防国家体制を確立するため、総力を挙げて邁進せねばなりません。
これがためには… 過去三回に亙る国民貯蓄を立派に果たした熱意と努力を以て更に百三十五億貯蓄を完遂し銃後国民の義務を全うしましょう。
生命保険こそは… 戦時下、貯蓄運動の強力な一翼として、国債消化と生産力を提供し、同時に銃後国民生活を確保する一石二鳥の特質を遺憾なく発揮して居ります。 」
掲載:昭和16年6月 
日本徴兵保険の広告
あどけない子供は戦闘機を見ているのであろうか。お馴染みの徴兵保険である、よって入営や学資はわかるが、結婚資金にまでとは時代を感じさせる。

内容
「お子様の保険!
入営に 学資に 婚資に 徴兵保険 生存保険を
日本徴兵 東京・日比谷」
掲載:昭和16年7月 
富国徴兵の広告
昭和15年8月の広告で15億円を突破とあり、約1年で20億円の突破である。 爆撃機(2枚の垂直尾翼から帝国海軍九六式陸上攻撃機であろうか)のイラストを使って、邁進する会社の様子をアピールしている。 少しづつ現れてきているが、先進の左横書きの広告である。

内容
「契約高20億円突破 邁進!邁進!  富国徴兵 本社 東京・日比谷」
掲載:昭和16年7月 
日本徴兵の広告
各社は、徴兵の制度の変更に伴って徴兵保険も条件や内容を改め顧客拡大に努めている。 イラストは勇ましい戦車を登場させることで、戦意高揚とともに保険加入の大切さを訴えているのであろう。

内容
「割増保険金付 徴兵保険 9月一日より発売
現役入営の外 志願入営、招集、陸海軍学校入学等も保険金全額と多額の割増保険金支払
  日本徴兵 東京・日比谷」
掲載:昭和16年9月 
富国徴兵の広告
保険内容を数式を用いて表現している。一目でわかるような工夫である。確かに文章で書くよりわかりやすい。

内容
「今日の課題 時代に先行した富国徴兵の新発売、割増金付徴兵保険に加入したら―
〇保険料+入営 = 保険金+割増金+配当金 
〇保険料+不入営 = 保険金八割+配当金     ………… 支払
東京・日比谷 富国徴兵」
掲載:昭和16年9月 
第一徴兵の広告
新商品開発や元祖を強調するなど、顧客獲得競争が激しかったのであろう。

内容
「徴兵保険は又前進した! 保険金支払範囲拡大 割増保険金の支払 不合格でも八割支払
入営すれば勿論 入営しなくても又戦時でも平時でも契約者の福利第一に改正された新種保険愈々発売!
徴兵保険の開祖(創立明治三十一年) 第一徴兵 
新営業案内進呈 支部・横浜市中区本町 本社・東京銀座」
掲載:昭和16年9月 
日本生命の広告
戦争のイメージはないが、保険の仕組みを丁寧に紹介しているところが興味深い広告である。

内容
「日本で初めて出来た利源式配当!
生命保険会社の利益は死亡が予定以下に止まり 資産が堅実に運用され 営業費を能率的に節減することによって生まれて来るものでありますから、これを一つ一つの契約が産み出した割合に応じて、直ちに加入者に分配する仕組みが、最も斬新な配当方法といえましょう。 我社の利源配当付保険は、日本で初めて適正でしかも低廉な保険料を以てこの方法を実施しました。
(営業案内贈呈) 日本生命 」
掲載:昭和16年10月 
富国徴兵の広告
記事中広告。見た目はこども向けのようだが、子供が大人に訴えている効果を狙っているのであろう。

内容
「ボクラのホケン オクニのソナエ  富国徴兵」
掲載:昭和17年1月 
日本徴兵の広告
これも記事中広告。「大東亜戦争だ」の文字、まさに戦争中なのである。富国徴兵保険の広告もであるが、標語調になってきている。

内容
「大東亜戦争だ!! 努めよ貯蓄 護れよ国の子  日本徴兵」
掲載:昭和17年2月 
富国徴兵の広告
戦闘機のイラストを使って、戦争に直結していることをイメージさせる作戦であろうか。

内容
「国民貯蓄………… 益々公表の新種保険徴兵  
富国徴兵」
掲載:昭和17年2月
富国徴兵の広告
爆弾を使い空爆をイメージさせるイラストと子供の保険とは、一見ミスマッチのように思えるが、徴兵保険なので、保険金がおりるときは、我が子が兵隊となって戦地に赴く、という意味なのだ。

内容
「コドモのホケン 富国徴兵 感謝貯蓄」
掲載:昭和17年3月
日本生命の広告
当然であるが、イラストの爆撃機の編隊は敵機ではない。陸軍の九七式重爆撃機であろうか。

内容
「この光栄を担うものは誰
それは貴方です。
大東亜戦争完遂のため総力を挙げて邁進しているときこれ等の台所を引き受けているものは我国の経済力です。
この経済力を確保するためには是が非でも二百三十億円を貯蓄によって作り出さねばなりません。 これは銃後国民に与えられた光栄ある責務です。
この責務を全うするためには確実で而も長期に亘ってお役に立つ貯蓄でなければなりません。
生命保険は最もよくこの目的に適っているものと信じます。邦家の爲め貯蓄戦士として即時この光栄を担いましょう。
日本生命 (営業案内贈呈) 大阪市東区今橋四丁目」
掲載:昭和17年4月 
富国徴兵の広告
飛行服を着た子供のイラスト。勇ましく見えるが、嫌がおうでも子供たちを戦争に捧げなければならない時代であった。

内容
「次の時代は君達だ!
コドモのホケン 富国徴兵」
掲載:昭和17年4月
第一生命の広告
長文であるが、戦費に充てるために貯蓄が必要、そして貯蓄には保険の加入が一番ということを述べている。

内容
「□布哇(ハワイ)に、緬甸(ビルマ)に、豪州に、今や皇軍将兵は南北五千粁(km)、東西一万数千粁(km)の陸、海、空に、破竹の進撃を続けていいる。「兵隊さん有難う!」然し、銃後の進撃も前線に一歩も遅れてはならない。
□近代戦は総力戦である。武力戦であるのみならず、経済戦である。一億一心、勤倹貯蓄!以て戦費の資源たる公債の消化に充てねばならない。「勤倹貯蓄」の四字を我々銃後一億が実行するか否かが経済戦成否の分岐点である。
□貯蓄は銀行預金あり、郵便貯金あり、公債の購入固より結構である。然し、長期に亘る、強制貯蓄の意味に於て、生命保険の加入こそは時局下の貯蓄として、極めて適当と言うべきである。
□戦費が増大すれば貯蓄の目標も亦増大する。本年度の貯蓄目標は二百三十億円と決定された。銃後国民は前線の兵隊さんの弾丸の心配をさせる様な事があっては断じてならない。一億一心、前線将士の心を以て経済戦に邁進すべきの秋である。
第一生命保険相互会社 東京市日比谷 (申込案内書贈呈)」
掲載:昭和17年10月 
千代田生命の広告
時代に合ったストレートな標語、広告には、ありそうでなかった。実費の保険とは、実際に要した費用を補償してくれるという意味か?

内容
「大東亜戦争完遂へ
実費の保険  相互組織 千代田生命」
掲載:昭和17年11月
千代田生命の広告
先月に続く広告である。デザインを踏襲しており、一目でわかるようにとの狙いであろう。「大詔に奉答せん」は開戦1周年から出てきた表現である。

内容
「保険報国 大詔ニ奉答セン
相互組織 千代田生命」
掲載:昭和17年12月
第一生命の広告
10月に続き長文の広告。こんな感じで、戦争遂行に総てを捧げるという全体主義が刷り込まれていく。

内容
「戦果に応えよ
大詔渙発後、茲に早くも第一周年を迎う。御稜威の下、皇軍将兵の忠烈無双による緒戦の戦果はいうも更なり今や武力戦に於て米英打倒の陣営全く成る。 之に対して銃後国民は、断じて前線の将兵に後顧の憂いあらしむべからず。
長期戦下の覚悟
近代戦は国家総力戦なり。生産、思想、経済の立体戦下、万民挙って之に参加すると共に、銃後も亦戦場なりの覚悟を固むべし。 戦線に一日の懈怠なし、また不満不足を言うもの無し。今や吾人は一家一身の利害を清算し一路国家の命ずる所に邁進すべし。
貯蓄の高度増強
第一線を偲びて、生活費を切下げ勤倹貯蓄、職域励精、一億一心以て職責の根源なる公債消化へ強力奉仕すべし。 大東亜戦第一周年に際し、吾人は之を以て戰爭完遂の決意を新たにせんとす。
東京・日比谷 第一生命保険相互会社 電話丸ノ内〜」
掲載:昭和17年12月 
富国徴兵の広告
鉄兜をかぶり、腰には銃剣らしきもの、そして日の丸を持って走る子供。戦闘ごっこでもしているのであろうか。 時代を表したイラストである。

内容
「子強くして 国強し !
コドモのホケン 富国徴兵」
掲載:昭和17年12月
日本生命の広告
内容
「戦時貯蓄の計画化
大東亜戦下赫々たる大戦果に包まれて輝かしい一周年を迎えました。この秋、皆様の貯蓄を一層計画化して国民貯蓄の増強に努めましょう。これこそ皇軍将兵への何よりの感謝と存じます
戦時の貯蓄 利源配当付保険
日本生命 大阪市東区今橋四丁目」
掲載:昭和17年12月 


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