マクニンの広告

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マクニンとは、「まくり」という海藻に含まれる「海人酸」を利用した駆虫薬(虫下し)である。 かっては、国民の多くが寄生虫(特に回虫)に悩まされており、人糞肥料を用いていたこともあって昭和30〜40年頃までは国民病であった。しかし、徹底的な駆除と化学肥料の増加や水洗便所の普及など衛生環境が整ったため、現在、日本ではほぼ絶滅した。 筆者も子供時代は、学校で定期的に検査があり、陽性であると虫下しを処方された思い出がある。
藤澤友吉商店とは、明治27年に名前の通り藤沢友吉が創業した会社で、大正14年にマクニンの販売を開始した。藤沢薬品(現、アステラス製薬)の前身である。
使われているイラストやコピーはまさに戦時下の世相を色濃く反映させたものである。

支那事変に突入し、大陸には続々兵士が送られた。残された国民には銃後の護りが求められた。コピーは銃後を護るためにはまず健康が必要という切り口で、マクニンの必要性をアピールしている。イラストも国防婦人会の御婦人であろうか、 出征や凱旋でよく見られる割烹着を来て日の丸を振るという定番の姿である。

内容
「虫下し マクニン
銃後の力は 健康ぞ 先ず自らの 回虫を討て
のみ易く・よく効いて・害がない
株式会社 藤澤友吉商店 大阪市東区道修町町  東京市日本橋区本町
糖衣錠 大人一日量十錠
錠剤 .30 .75 1.35  ゼリ .20 .50 .1.00 2.00
冊子「恐ろしい蛔虫」無代進呈」
掲載:昭和12年10月 
支那事変の初戦、日本軍航空機隊は、中国各地を空爆したが、特に南京に対する数十回に及ぶ空爆によって100万人の人口が30万人に減ったと記事には書かれている。 そんな時勢を反映して、爆弾を用いて薬の効き目をアピールするとともに、当時のスローガンである「暴戻支那ヲ膺懲ス」を利用した「暴戻回虫」というコピーを用いている。 将に広告は時代を映すである。

内容
「虫下し マクニン
撃(う)て!暴戻蛔虫(ぼうれいかいちゅう) 服め(の)!強力(きょうりょく)マクニン
のみ易く・よく効いて・害がない
株式会社 藤澤友吉商店 大阪市東区道修町町  東京市日本橋区本町
糖衣錠 大人一日量十錠
錠剤 .30 .75 1.35  ゼリ .20 .50 .1.00 2.00
冊子「恐ろしい蛔虫」無代進呈」
掲載:昭和12年10月 
一か月後の広告は、戦車のイラストである。戦車は第1次世界大戦で登場した新兵器であり、昭和12年頃の戦車であれば89式中戦車であろうか。 また、回虫のほかに、鞭虫、蟯虫にも効くということから当時は数種類の寄生虫が存在したことがわかる。

内容
「虫下し マクニン
蛔虫(かいちゅう)は元(もと)より 鞭中蟯虫(べんちゅうぎょうちゅう)にも ヨクきくマクニン
のみ易く・よく効いて・害がない
株式会社 藤澤友吉商店 大阪市東区道修町町  東京市日本橋区本町
糖衣錠 大人一日量十錠
錠剤 .30 .75 1.35  ゼリ .20 .50 .1.00 2.00
冊子「恐ろしい蛔虫」無代進呈」
掲載:昭和12年11月 
昭和12年11月、わが国は共産主義から国を守る為(具体的にはソ連に対抗するため)ドイツ、イタリアと「日独伊三国防共協定」を結んだ。その後、昭和15年軍事同盟である日独伊三国同盟の締結へと進み、世界から孤立していく。コピーはうまくこれを取り込み、防共と防虫をかけて効果をアピールしている。
イラストは、日章旗、ナチス・ドイツのハーケンクロイツ旗、イタリア王国旗が連なっているもので、三国防共協定の締結を表している。

内容
「虫下し マクニン
自衛(じえい)の為(ため)に国(くに)に防共(ぼうきょう) 腹に(はら)に防虫(ぼうちゅう)
のみ易く・よく効いて・害がない
株式会社 藤澤友吉商店 大阪市東区道修町町  東京市日本橋区本町
糖衣錠 大人一日量十錠
錠剤 .30 .75 1.35  ゼリ .20 .50 .1.00 2.00
冊子「恐ろしい蛔虫」無代進呈」
掲載:昭和13年2月 
機関銃で何かを撃ってイラストである。良く見ると、回虫を撃っているのである。 回虫は真っ二つ。そして、このコピー、何かに因んでいるようであるが、芝居などから生まれた流行り言葉であろうか。

内容
「虫下し マクニン
所詮(しょせん)! 仇(あだ)なす虫(むし)は 討(う)つべしゝ
のみ易く・よく効いて・害がない
株式会社 藤澤友吉商店 大阪市東区道修町町  東京市日本橋区本町
糖衣錠 大人一日量十錠
錠剤 .30 .75 1.35  ゼリ .20 .50 .1.00 2.00
冊子「恐ろしい蛔虫」無代進呈」
掲載:昭和13年3月 
事変終結の気配はなく、情勢は長期戦の様相を帯びてきた。国民は挙国一致でこれに備えなければならない。そんな時勢に応えたコピーである。また、逆に国民病であった回虫症が如何に社会生活に影響していたかが伺える。

内容
「本日 虫下し マクニンデー
駆虫(マクニン)は「病決」を減らし 「能率」を上げる 
のみやすく・ヨク効いて・害がない
1 効力強く副作用中毒作用がない
2 死虫で排出するから不快感がない
3 一回の多量服用連続服用共に安全
4 下剤の必要なく甘くて服みやすい
糖衣錠 大人一日量十錠
錠剤 .30 .75 1.35
ゼリ .20 .50 .1.00 2.00
株式会社 藤澤友吉商店 大阪市東区道修町町 東京市日本橋区本町」
掲載:昭和13年9月 
イラストは防空演習を行っているご婦人であり、顔に付けているのは防毒面、手には消火用のバケツを持っている。当時は毒ガス攻撃を想定していたのである。 回虫の出す毒素を毒ガス攻撃で表現するという時勢に合わせた広告。

内容
「虫下し マクニン
回虫(むし)は血を奪るだけではない 毒を出す!
のみ易く・よく効いて・害がない
糖衣錠 大人一日量十錠
錠剤 .30 .75 1.35  ゼリ .20 .50 .1.00 2.00
株式会社 藤澤友吉商店 大阪市東区道修町町 東京市日本橋区本町
冊子「恐ろしい蛔虫」無代進呈」
掲載:昭和13年9月 
コピーの「残敵一掃せよ」は、事変下の新聞紙上を賑わしている言葉をうまく利用し、マクニンの効能を強力にアピールしている。

内容
「虫下し マクニン
二三日は服んで残敵(タマゴを)一掃せよ
のみ易く・よく効いて・害がない
糖衣錠 大人一日量十錠
錠剤 .30 .75 1.35  ゼリ .20 .50 .1.00 2.00
株式会社 藤澤友吉商店 大阪市東区道修町町 東京市日本橋区本町
冊子「恐ろしい蛔虫」無代進呈」
掲載:昭和13年9月 


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