森永製菓負傷戦士後援の広告

広 告
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満洲事変及び第一次上海事変における負傷兵に慰問金を送るために、森永製品を買って協力しましょうというキャンペーンの広告で昭和7年3月から掲載が始まったようである。
特に上海事変は戦死傷者が3000人を超え、全国的に戦死傷者家族を慰問する運動が巻き起こっていた。
広告は数バージョン制作され継続して掲載された。初期は、負傷兵士のイラストや軍をイメージするデザインであったが、キャラメルとチョコレートの購入対象は子供達のため、だんだんと子供が見て分かりやすいデザインに変化していった。
なお、当時、満洲・上海事変のことを支那事変と表現していたことが分かる。

掲載当初のため、キャンペーンの内容が詳細に掲載されている。デザインは写実的な兵士とキャラメル、チョコレートのイラスト、キャッチコピーは時節柄ストレートなもので、サブコピーの「廃物利用で愛国運動」と合わせて非常に分かりやすいが、なにしろ説明調な広告であり、まずは大人に理解を得ようという作戦か。

内容
「支那事変 負傷戦士を労りましょう!
廃物利用で愛国運動!!帝国の権益と名誉のため負傷せられた我が忠勇なる戦士を心から労りましょう
―方法―
★森永ミルクキャラメル(大十個・小五個)の外函又は★森永ミルクチョコレート(大十個・小五個)の外装紙を最寄の本会投入函にお入れ下さい★集った外函や外装紙は………大二厘・小一厘の割合で★森永が買受けその美しいお金は全部負傷戦士に捧げる為陸海軍省に献納します ★投入函は全国加盟新聞社や菓子店その他便宜の処にあります★森永ミルクキャラメル・ミルクチョコレート大小一ヶ月の生産高千五百万個!これが全部回収されると一ヶ月の献納金は「二万二千五百円」
主催 支那事変傷痍軍人後援会 後援 全国加盟新聞社 森永製菓株式会社」
掲載:昭和7年3月 
上記と内容はほぼ同様。イラストが兵士から陸軍を表す星と海軍を表す錨に変わった点と、「満洲や上海で御国のために戦って負傷凍傷された名誉の方々〜」とより負傷戦士のイメージが伝わるような表現に変わっている。

内容
「支那事変 負傷戦士を労りましょう!
満洲や上海で御国のために戦って負傷凍傷された名誉の方々を温かい心でお迎えする為に
★どうぞ森永ミルクキャラメル(大十個・小五個)の外函 森永ミルクチョコレート(大十個・小五個)の外装紙を最寄の本会投入函にお入れ下さい。
★集った外函や外装紙は大二厘・小一厘の割合で森永が買受けます。この美しいお金は全部支那事変で負傷された戦士に捧げるために陸海軍省に献納されます
★投入函は全国の加盟新聞社や菓子店其他便宜の処に置いてあります。
★森永ミルクキャラメル・ミルクチョコレート大小一ヶ月の生産高壹千五百万個 全部回収されると此の金額 二万二千五百円になります。
主催 支那事変傷痍軍人後援会 後援 全国加盟新聞社 森永製菓株式会社」
掲載:昭和7年3月 
説明文をかなり省き、イラストを写実的な負傷兵の姿とし、コピーに「森永の外函が負傷戦士の慰問金になります」と直接的な表現を加えることで、情緒に訴える内容になっている。

内容
「本日ハ負傷戦士後援デー
森永の外函(サック)(ミルクキャラメル ミルクチョコレート大・小)が負傷戦士の慰問金になります
☆負傷戦士を労りましょう!☆
★外函投入函は全国菓子店や加盟新聞社 其他便宜の処にあります
★集まった外函は大二厘・小一厘の割合で弊社が買受け 支那事変傷痍軍人後援会を経て陸海軍省へ献金いたします ぜひ御投入下さい
森永製菓株式会社」
掲載:昭和7年3月 
子供が投入函に投入している写真を使い、キャッチは前回と同様だが、より字体を大きく強調、さらに「投入箱が最寄の菓子店にある」旨を最上部に配置するなど、投入函の存在をアピールしていることが特徴であり、一ヶ月を経て子供向けの内容に変化してきている。

内容
「森永の外函(サック)(ミルクキャラメル ミルクチョコレート)が負傷戦士の慰問金になります
★これは負傷をした兵隊さん達に皆さんの美しい心が届く慰問の投入函ですハガキの代りに森永のサックをどしどし投込んで下さい 外函の山―感謝の山で兵隊さんを慰めようではありませんか!
投入函は最寄菓子店にあります
主催 支那事変傷痍軍人後援会 後援 全国加盟新聞社 森永製菓株式会社」
掲載:昭和7年4月 
キャッチは前回と同様だが、子供が投入函に投入している写真と負傷兵士のイラストを並べ目で見て分かるように工夫された。伝えたい事だけに絞られたシンプルイズベストの内容。

内容
「森永の外函(ミルクキャラメル ミルクチョコレート)が負傷戦士の慰問金になります
★負傷戦士を労りましょう。
★投入函は全国菓子店・新聞社其他便宜の処にあります」
掲載:昭和7年4月 
キャッチは従来の「負傷戦士を労りましょう」に戻され、三コマ漫画で子供たちが投げ入れた外箱が慰問金に変わって負傷兵士に届く様子が表現されるなどより子供向きのデザインとなっている。
漫画に目を向けると、男の子は日の丸を胸につけ、女の子は鉄兜を被っている。サックの山にも日の丸が聳え、手足目をそれぞれ負傷した三人に兵士、胸には勲章を吊っている…。またキャッチコピーは大砲の煙を吹き出しに見立てているなど、当時の世相を如実に表している。
なお、森永ベルトラインという新しい言葉が出ているが、これは昭和初期に輸入されたチェーンストア類似のメーカーと小売販売店との提携形式で森永が始めて採用したもの。


内容
「負傷戦士を労りましょう!
森永の外函(ミルクキャラメル ミルクチョコレート)が負傷戦士の慰問金になります
(イラストコメント)@みなさんどしどし投入れて Aこんなに沢山集まったサックを慰問金に代え けがをした兵隊さんをなぐさめましょう
★投入函は森永ベルトライン 全国菓子店・加盟新聞社 其他便宜の処にあります」
掲載:昭和7年4月 
慰問金のイメージは抑えられ、ピクニックのお供に森永キャラメルをどうぞという森永キャラメル販売の内容に大きく様変わりしている。
端に小さく「空函(外函から変更)が慰問金になる」主旨を加え、日の丸イラスト内に「愛国運動」と「負傷兵士を労りましょう!」という文章を加えキャンペーンマーク化(愛国章)したことが特徴である。


内容
「森永ミルクキャラメル
バスケットの中はおべんとうに水筒 それから 大好きな森永のキャラメルも みんな揃いましたね では 行っていらっしゃい!
森永ミルクキャラメル 森永ミルクチョコレートの空函が慰問金になります
(日の丸内コメント)愛国運動 負傷兵士を労りましょう!」
掲載:昭和7年4月 
5月27日の海軍記念日に合わせた二日間の特別セール広告。東京神奈川のみで行われた。 内容としては、御買上10銭ごとに愛国章をプレゼントするとのこと。愛国章とは前回広告で現れた日の丸を使ったキャンペーンマークである。ピン付とあることから布製で上着等に留めて使うものと想像される。 空箱は投入函に入れれば慰問金になる旨もしっかり添えられている。

内容
「森永負傷戦士後援セール 五月二十六・二十七日の二日間(二十七日・海軍記念日) 愛国章進呈
森永ミルクキャラメルや森永ミルクチョコレートを参加菓子店で御買上高十銭毎に愛国章一個洩れなく進呈(参加店は東京市内外・神奈川県下一千五百軒)
★召上った後の空函はぜひ最寄りの投入函へお入れ下さい ★森永の空函が負傷戦士の慰問金になります
(愛国章下部文字)愛国章(ピン付)  森永製菓株式会社」
掲載:昭和7年5月24日 
引き続き、子供向きのピクニックのお供にどうぞという内容。イラストからは軍事的な雰囲気が除かれ、より一層子供たちの楽しさが伝わってくる。今回は1箱の価格も表示されている。愛国章も引き続き添えられている。
イラストにあるバナナについては、当時は高値でなかなか庶民の口には入らなかったもの、憧れを込めて描かれたのだろう。


内容
「森永ミルクキャラメル 一個五銭・十銭
みんなで一緒に森永キャラメルたべりゃ…… 元気と力が野原に一ぱい
森永の空函(ミルクキャラメル ミルクチョコレート)が慰問金になります  (愛国章)」
掲載:昭和7年6月 
引き続き、子供向きの内容である。うっとおしい梅雨の季節だが、写真とイラストを組み合わせた大胆な表現で、明るさを出そうとしているのであろうか。しかし、家が黒塗りであるため見た目暗い感じがする。写真については、今も昔もこういった場合は女の子を起用するもののようである。
「空き箱は捨てないで」という表現があることから、実際は、結構捨てられていたことが想像できる。


内容
「森永ミルクキャラメル
外はしとしと降ってても にこにこしている私達 外はくもった天気でも 明るい顔したわたしたち 私も あなたも あの子も 皆キャラメル食べている。
森永ミルクキャラメル 森永ミルクチョコレートの空函が負傷戦士のが慰問金になります 捨てないで最寄の投入函へ  (愛国章)」
掲載:昭和7年6月 


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