日本造船株式会社の広告

広 告

戦時下ならではの国策広告をご紹介。この会社については、今のところ何もわかっていない。当時の造船関係の資料を見ても出てこない。名前から見て戦時統制会社ではないかと想像するだけである。
昭和18年11月に広告が初掲載され、当初は求人広告であったものが、回を重ねるごとに求人とは無関係に戦意高揚、生産力増強を啓蒙する内容に変わってきている。その意味では赤玉ポートワインの広告と同様である。

最後の「戦闘配置に付け 急げ!」とは求人である。
内容
「血と涙と汗 
血を以って闘った勇士の勲に! 涙を以ってきいた感激の戦果に! 汗を以って応えよ銃後の我等は! 一億 戦闘配置に付け 急げ!
日本造船株式会社」
掲載:昭和18年11月 

前線の切迫感と求人の切実感がひしひしと伝わってくる泣ける広告である。
内容
「一億戦闘配置につけ 急げ
男も女も今こそ舟艇を造るべく起て! 明日の十隻より今日の一隻が勝敗を握る鍵なのだ その一隻を前線の勇士は待ちに待っている 徴用を待たずに決然と造船所に来れ
神奈川県職業科 横浜国民職業指導所 日本造船株式会社」
掲載:昭和18年11月 

11月から早3回目の広告である。それだけ、労働力不足がひっ迫しているということであろう。
内容
「戦線
感謝だけして居ればよいのか!戦線は銃執る勇士のみの戦闘位置ではない 戦線は銃後にもある即ち 重要工場の職場だ 十二月八日の感激を直に職場の戦線の奮激の火花と散らせねばならない 決□と戦線に付け
日本造船株式会社」
掲載:昭和18年12月 

立て続けに広告を出しているが、新年広告は、求人ではなく、戦意高揚の献納広告である。
内容
「撃滅路 必勝の新年を迎え 忠烈の大勲永へに薫る幾多勇士の英魂に応え一億の誓新なり
報復と必勝の決意は 猛然と湧き上り激情昂りて抑えることが出来ぬ 神鎮まる撃滅路をひた進む将兵と共に 生産戦に進軍するのだ 進むべき路は只一つ!! 撃滅路
日本造船株式会社 神奈川縣」
掲載:昭和19年1月 

同社は、昨年11月頃から盛んに求人広告を出している。それだけ、人が集まらないということなのであろう。そのためか待遇は頗る良い。
内容
「緊急一般男女青壮年募集
勤務先 神奈川県 日本造船株式会社
職種 大工・指物師・製材工・ペンキ職 各種機械工・自動車修理工・電気工・錐工(但シ技能者ヲ除ク)
資格 満十四歳以上心身強健ナル者 ◎転業者歓迎!!
採用地域 通勤可能ナル区域(宿舎福利施設完備)
待遇 □□資金ノ外諸手当支給
申込方法 希望者ハ『日本造船志望』トシテ履歴書持参申込ノ事(応募者ニハ旅費其他支給)
横濱国民職業指導所」
掲載:昭和19年1月 

今月2度目の広告も戦意高揚の献納広告である。
内容
「決戦  手足萎えたる指導者に賃金値上げを叫んで軍需生産にひびをいれる敵米英の労働者!
飛躍する増産に己を捨てゝ死闘する我が生産戦士! 戦は既に勝っている 米英連合にて一機造るなら我は二機! 敵が五隻造るなら我は十隻! 断じて勝ち抜け生産戦!!
日本造船株式会社 神奈川縣」
掲載:昭和19年1月 

同社は複数回広告を出しているが、国策広告化している。
内容
「神兵の声 敵が飛行機船舶の数に物をいわせる攻撃に対し我も又舟艇飛行機の強大なる補給が必要なのだ!此の戦が如何に莫大なる消耗戦であるか!頭上に眼前に敵をむかえ砲煙弾雨の中に敵の鉄量と闘う 我が戦友の叫びは………今に舟艇が!今に飛行機が!今に弾丸が!と………………銃後生産戦士を信頼しての叫びなのだ 頼むぞ!!日本造船株式会社(神奈川県)」
掲載:昭和19年3月 

インド国民軍の戦いを紹介している。インド国民軍は日本の支援で編成され、日本軍とともにインパール作戦を戦った。
内容
「血と涙と汗 血と涙と汗にまみれた百幾十年の苦肉の生活より 彼等が 夢に! 現に! 憧れた独立への光明輝く 撃滅路に立って幾月 遂に国境突破はなった! 血盟の戦友皇軍に協力しつゝ執拗に肉薄する敵を睨み 正に怒り心頭に発した如く あらん限りの憎悪をこめ彼等は前進する デリーは近い! 彼等は莞爾と笑う 勝利への汗にまみれた増産戦士の如く! 日本造船株式会社(神奈川県)」
掲載:昭和19年3月 

今月の他社の広告でもそうだが、生産力の大小が戦争を左右するあたりまえのことが語られている。そもそも日本と米英の生産力の差はどうだったのか。開戦前から承知していたのではないのか?本来から言えばその点こそが反省点であろう。

内容
「反省
爾来強力な生産力を有たぬ国家は 常に戦場に於ける敗者となった! 生産力の増強が勝利の決定的役割なのだ! 皇軍の嚇々たる戦果と共に 此の重大なる責務を果そう! 日本造船株式会社」
掲載:昭和19年5月

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