平和慰霊塔(平塚八幡山公園)

軍事遺物
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平塚市における明治以降の戦争において戦没された英霊(空襲等の市民被害者等も含む)2,365柱の慰霊塔。塔内部には戦争犠牲者の霊名簿と千羽鶴2組が収められている。
コンクリート井桁積み構造で、昭和40年12月27日に建立された。
塔の裏手には平和慰霊塔の記が刻まれ、また、昭和47年10月12日に建立された合祀碑があり、空襲で亡くなられた市民を合祀した旨を伝えている。
敷地内には、昭和44年10月に遺族会婦人部が奉納したモニュメントもあり平塚市民慰霊の地になっている。
所在:平塚八幡山公園(平塚市)

(平和慰霊塔の記)
「平和慰霊塔の記
本市は明治以来幾たびかの戦争において尊い生命を捧げられた犠牲者 のみ霊を慰めその冥福を祈るために昭和三十八年一月平塚市戦没者慰霊施設 建設準備委員會を設けここに市民の浄財と市費をもって この慰霊塔を造立した
ねがわくは諸霊この塔にあつまり給いて市民に誠意に應え永く世界の 平和を護持されんことを祈る
昭和四十年晩秋 平塚市長 加藤一太郎謹書」

(銘板碑)
碑高82p、幅153p、奥行74.5p。
「平和慰霊塔」
「寄贈 平塚市遺族會 会長 宮川惣次郎 副会長根岸勘次郎 副会長安村惠三」

(合祀碑)
碑高117p、幅61p、厚さ19p、台石25p。
碑正面:
「戦災による殉難の諸霊を平和慰霊塔に合祀しつつしみて短歌三首を捧ぐ
米軍の空襲の日に被弾して倒れし市民(とも)の霊(たま)を弔う
この塔にあわせまつりし悲しみの市民のみ霊よ永久にやすかれ
戦いは地獄なりけりつぎの世にこのかなしみをまたあらしめじ
平塚市長加藤一太郎」
碑右面:
「昭和四十七年十月十二日」

(モニュメント)
高52p、幅108p、奥行52p。
正面:「水流れて滄海に帰す」
裏面:「翔和四十四年十月 平塚市遺族會婦人部」