陸軍少年戦車兵学校跡碑(若獅子神社)

軍事遺物
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陸軍少年戦車兵学校とは、昭和14年12月に 千葉陸軍戦車学校内(千葉市)に「少年戦車兵の生徒隊」が設置されたのが嚆矢。 昭和16年12月に、少年戦車兵学校として分離・独立し、昭和17年8月に冨士のすそ野である現在地に新校舎を建設して移転した。
碑は学校跡地に創建された若獅子神社の境内に平成元年4月に建立されたもので、一対の石碑とその前に碑誌を刻した碑板が置かれている。
所在:若獅子神社(富士宮市)


(刻字)
左碑正面:「陸軍少年戦車兵学校跡  陸軍少年戦車兵学校長元陸軍中将 従四位勲二等 玉田美郎」
左碑裏面:「平成元年四月吉日建立」
右碑正面:「此の地は陸軍少年戦車兵四千有余が志操を練り心技を磨きし不滅の聖域なり」
右碑裏面:「寄贈 原重吉殿 安野正殿 若獅子会殿 若獅子の塔顕彰会 三期生 小野田稔謹書」

碑誌:
「陸軍少年戦車兵学校の沿革
昭和14年12月
日本陸軍はノモンハン事変後、戦車隊の拡充強化を図るため千葉陸軍戦車学校に生徒隊を創設し、同時に第1期生150名が入校した。生徒の年齢は弱冠15才から17才であった。
昭和16年11月
千葉陸軍戦車学校生徒隊を、陸軍少年戦車兵学校と改め、本格的な戦車隊幹部の教育がはじめられた。
昭和17年7月 山紫水明、古来武人練武の由緒あるこの地に校舎を新設し、文武両道の充実した教育が行なわれた。
昭和20年8月
戦争の終結に伴い、陸軍少年戦車兵学校はここに6年有余の歴史を閉じたのである。
教職員 1,550名
生 徒
第1期生 150名  第2期生    230名
第3期生 500名  第4期生    600名
第5期生 900名  第6期生    700名
第7期生 550名  特別幹部候補生 525名」