明治天皇閲兵之處(鶴岡八幡宮)

軍事遺物
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明治6年4月15日に我国初めての陸軍攻防演習が鎌倉で行われた。明治天皇は4月14日に鎌倉に行幸し、鶴岡八幡宮裏の大臣山から閲兵した。山頂には、この事績を記した記念碑が、 昭和3年11月3日に建立された。なお、山頂へ続く階段脇には「明治天皇鎌倉御野立所」の碑、登り口には由来碑が建てらている。
所在:鶴岡八幡宮(鎌倉市)
登り口に建てられている由来碑。建立年は不明であるが、山頂の碑と同時期だと推測される。平成27年11月3日、傍らに山頂に建立されている「明治天皇閲兵之處」の碑の説明板が建てられた。
(刻字)
碑正面:
「明治天皇閲兵之處ト題スル碑此ノ山上ニ在リ明治六年四月十五日大臣山上ニ初メテ野外對抗演習ヲ閲セラル此レ其ノ御遺蹟ナリ書ハ當時ノ指揮長官曽我陸軍中将ノ揮毫ニ係ル」
碑高:180p、幅83p、厚さ13p、台石高30p。
山頂の石碑。近づくことはできないが、上記碑の隣の説明板に山頂の碑の写真と碑文が掲載されたので転載する。
(刻字)
碑正面:「明治天皇閲兵之處」
碑裏面:「表題 陸軍中将曽我祐準謹書 明治天皇夙ニ武勇ヲ重ンシ兵制ノ基ヲ定メ給フ六年二月教導團歩兵第一大隊及 歩兵第五大隊ノ鎌倉ニ野営スルヤ特ニ指揮長官ヲ陸軍少将曽我祐準ニ命シテ演 習ヲ統裁セシム四月十四日車駕場ニ臨ミ翌十五日御馬ヲ鶴岡八幡社前ニ立テテ 二隊ノ整列及分列式ヲ親閲シ其ノ攻守對抗運動ヲ此ノ処ニ觀給フ時ニ一隊ハ社 域ヲ拠守シ一隊ハ金澤口ヨリ来リ攻ム朝来ノ大雨御衣ニ滴ル将卒感激シ奮闘ス ルコト時餘劔光銃火勇壮ヲ極ム是レ實ニ天覧野外對抗演習ノ初ナリ茲ニ昭和ノ 大禮ニ丁リ同志ニ檄シテ碑ヲ建テ聖蹟ヲ不朽ニ傳ヘ國軍発展ノ渕源ヲ明ニス
昭和三年十一月三日建 鶴岡八幡宮奉賛會 帝國在郷軍人會鎌倉町分會  同 鎌倉郡聯合分會」