第一海軍技術廠支廠跡記念碑

軍事遺物
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釜利谷に海軍航空技術廠の支廠が設けられたのは昭和16年、浦郷の本廠から航空兵器や爆弾の部門を切り離したものである。航空技術廠は、戦争末期の昭和20年2月に第一海軍技術廠と改称された。 この支廠で働いていた工員や挺身隊員、学徒動員者ら、そして跡地に進出した企業らによって、平成17年1月建立された。
碑裏面には、学徒動員で出動された学校名が記載されているが、山梨、静岡、東京、福島、山形、岩手など東日本各地に亘っている。特に山梨県からは4校が動員されており、このためか碑の揮毫も山梨県知事である。また、台湾からも動員されているが、これは高座海軍工廠へ動員された方々の一部が海軍技術廠へも来ていたということであり興味深い。
そして、動員学徒4名、台湾学徒1名の殉難者名が記録されているが、事故等で亡くなられたことが推測される。遠く横須賀の地に大事な子供を送り出したご両親の心痛はいかばかりであろうか。
碑高125p、幅189p、厚さ21.5p、台石30p。
所在:釜利谷第2公園(金沢区)
(刻字)
碑正面:
第一海軍技術廠支廠跡記念碑 山梨県知事 天野建
元第一海軍技術廠支廠跡記念碑
 第二次世界戦争の只中、この地に元第一海軍技術廠支廠(前海軍航空技術廠支廠)が存在した。 当廠は、海軍の武官、文官、一般工員、養成所出身の工員 年少工員、徴用工員等一万余名により、業務を遂行していた。  当廠は、航空機に搭載する兵器の研究、試作、実験、造修等 戦時の先端技術の粋を集めていた。  然し乍、戦争の後半、若き男子国民の大半は兵役に服した為に、国内は労働力の不足をきたし、それを充足せんと多くの学業途中の学徒、女子挺身隊、台湾の少年工等が一般工員に伍して国難に挺身した。  昭和二十年初頭、全国民を挙げての善戦空しく、戦況の憂色は顕著となり、同年八月、この大戦は終戦となり、当廠は、その歴史の幕を閉じ、民間の施設に移管された。  戦禍による国土の疲弊、人命の損傷等を考える時、再び戦争を繰り返さぬと誓約し、未来永劫に平和国家とし、世界に貢献するよう祈念し、茲に「元第一海軍技術廠支廠跡記念碑」を建立した。
 平成十一年七月吉日 元第一海軍技術廠支廠跡記念碑建立協賛会
記念碑建立協賛者御芳名
 山梨県知事 天野建
 東急車両株式会社代表取締役社長 戸澤孝壽
 藤倉航装株式会社代表取締役社長 廣山昭道
 支廠長 竹中龍造(納宮信子)
 兵器部 佐藤源蔵(和代)
 鹿島会(爆撃部)
 井上益三(守・晋・修) 赤山二郎 味岡信次 渥美光(洋子) 綾部岩次郎 池田(伊木)錦哉(佳隆) 井田協 大重寿一郎 大箸進 岡治孝雄
 岡本信一郎(登代子)片山範 柿本秀男 金丸正弘 上谷雄一(達子) 川舩和儀 川村(浜田)仁 栗山奉行(就吉) 黒澤弘正(武子)
 小島正己(恭子) 齋藤雅男 酒谷一男(茂子) 柴田(石井)幸二郎 末廣喜正(幸子) 鈴木武雄 鈴木匡 瀬川弘 十川淳(桂子) 竹村元朗
 田中章雄 土井豊(惠重子) 楢林愛朗 野間口光雄(之雄) 野村八郎 早川仁(昌子) 原(鈴木)幸光(喜久枝) 日並太郎 平木孝典
 平島伴之助 福世六郎 藤森安博 堀池三郎 真井浩 増田秀行 松尾謙吉 松森庄平 松尾道雄(博之) 松本大(幸子) 三島一雄 宮本博
 村上尚(てふ子) 村瀬(林)緑登 村井宇之助 室賀伸太郎 矢野雅楽男 山南周二 山田精司 吉田博保 渡邊廸孝(冨士雄)

碑裏面:
山梨県立都留中学校 幹事 遠山猛 折鶴会 天野平八郎
 殉難者 根津幸蔵 遺族 根津玉男 殉難者 塩野篤雄 遺族 佐藤文雄
 天野建 天野茂 井上幾三 安藤國重 飯島幸貴 大戸弘二 北村忠義 小林久延 佐野忍 関原信幸 曽根守信 滝口弘 武川幹雄
 蔦木弘明 都倉富士雄 常盤宏 中村文人 西室陽一 幡野昭雄 羽田弘 細田仁之 山田昭夫 渡辺悦朗 渡辺眞 天野喜三 天野啓吾
 安藤斌石 石井章 井上一夫 太田智義 小俣尚也 小俣宗則 加藤邦夫 上條充 倉田雅広 後藤修太 後藤基國 佐々木吉男 坂本典正
 清水登 清水豊 神宮司勉 鈴木俊光 須藤伯 杉田孟 中島昭典 中村山夫 左伴修造 日向源三 樋貝孝雄 藤本林正 藤本守男
 隆矢宜成 細井文明 星野喜夫 宮下義夫 宮下康夫 渡辺良雄 渡辺彬 渡辺隆夫 渡辺則壽 笠原充 山口育三 井上文次郎
山梨県立巨摩高等女学校 幹事 矢崎菊子 釜利谷会
 雨宮さなえ 上野政代 窪田数江 斉藤礼 清水こうめ 田口貞子 塚原照子 常盤益美 中込ヤエ 長倉と志子 橋本雅江 平田迪子
 宮本たつ子 横田照衛 遠藤明子 小林昭子 斉藤すず江 北村澄 斉藤節子 坂井愛子 内藤和子 大柴久子 吉澤和子 村井茂子
 斉藤活子 青木芳子 依田佳子 有野亨江 岡英子 田中佐登子 高橋武子
私立成田中学校 幹事 野平昭三
 金子昭之助 海保保喜雄 斉藤辰男 塩田邦雄 清宮與一 竹井昭一郎 平山忍 山口博司 柳田金之助 湯浅喜久男 鈴木明 伊藤厳
 高橋昭吉
新潟市立新潟中学校 協賛会代表 伊勢和夫
 大久保昭二 田中幸壹 長井重雄 長谷川潔 堀博 山口寿夫
福島県立相馬中学校 幹事 熊耳敏 繁田開作
 殉難者 菊池了 遺族 菊池武志 殉難者 南原文夫
 安藤六郎 荒木英三 岩越幸三 遠藤吉郎 蛯原良一 大木常和 加藤高伸 菊地充布 小幡周一 斉藤清明 斉藤彰 佐藤勝郎 佐藤次朗
 志賀昭二 内藤敏郎 濱須篤義 門馬一彦 吉田幸一 佐藤要樹 鈴木泰英 芝山幸男 岩本勝博 岩崎平 遠藤立身 小山隆 大井博之
 菅野周祐 幾世橋不二男 菊地政次 佐藤光威 佐藤税 酒井啓雄 四本松武伯 鈴木宗男 田沢敬市 但野博貞 寺島美秋 中山光夫
 引田功 星益司 桃井可生 森田清 湯澤義亮 横山重雄 吉田勉 渡邊貞綱 渡邉豊 伏見猛
 相馬中学校四五六会原町支部 阿部宗雄 西个男
三島市立三島商業学校 杉崎昭夫(よし子)
横須賀市立横須賀第二高等女学校 幹事 矢後照子 伊藤和江
 尾崎美恵子 菊地由利子 谷川百合子 田中とし子 田中美津江 中津川照枝 丹羽信子 八木巳代子 安田ヒサエ 脇本光子 紅梅会
 下長静江 長谷川ハル子
山梨県立韮崎高等女学校 幹事 一守千代子 青木美奈子
 飯野波留 植原美祢子 乙黒立子 鴨下末子 鷹取かをる 永井米子 三吉とめの
鎌倉市立鎌倉高等女学校 木田陽子
静岡県立松崎高等女学校 長谷川容子 磯子会
静岡県立下田高等女学校 くれない会 倉橋良平 飯田和子
東京府立第七中学校 木村功
山形県立新庄高等女学校 味岡ユキ 小川葉子 川崎セイ子 平田慶子 李和子
岩手県立遠野高等女学校 代表 菊池英子 外 四十五名
台湾高座会 新竹区会 幹事 謝 清福(若山治郎) 鄭柳樹(大西薫範)
 殉難者 鄭金柱(平島寛) 遺族 鄭茂松
 朱漢根(朱田森次朗) 鄭進財(奥田進一) 葉倫口(葉山廣吉) 呉逐水(矢口進太郎) 鐘金山(重田健夫) 陳天助(本庄天之助)
市立銚子中學校第五回生
空養会 幹事 渡邉英智郎
 及川幸治 原進 保坂治男 梅村隆蔵 三好栄 鈴木亘惠
製鋼部(八景会) 幹事 鈴木弘毅
 井原美佐子 落合照男 大山修 北野時吉 小池與作 後藤三男 須永寿夫 関平司 田中忍 高荷清 原広子 原田正三 人見金次 藤田勇 松下幸雄 米谷克  大原喜八郎 荒井甚蔵 厚美正吉 梶谷晃三 土田勝信 富沢松吉 花島寅八
製鋼会 遠渡ナカ 金子節子 武内ヤス子 溝口清
爆撃部 渡邉英智郎 蒲谷作一 加藤弘明 小林重雄 富田謙一 大畑源一 八嶋二郎 小池照八 木榑(古澤)竹千代
光学部(光学会) 幹事 虎岩秀郎
 天田孝平 井上庄二 石栄 岡田新 小原昌子 加賀セツ 河口勘次 神馬トミ 清野次夫 佐藤時雄 佐藤キン 鈴木力 田村忠臣 中村きく
 野村道生 沼田博 福嶋岩介 本間啓子 本間弥総右ヱ門 堀田亮三 箕輪和 三武美夫 宮内修司 皆川エツ 村岡斉子 守田カヤ
 斉藤重保 小林茂男 本間喜一
光学部 小原一男 中山和夫 藤田幸男 宮島康雄 山崎正雄
電気部 赤羽松男 飯島保 生知育三 鈴木光久 鈴木保男 遠山正俊 中川太郎 古屋文雄 福富喜光 正木精二 水野宏行 武藤邦一
 門間孝行 矢板橋定夫 小川清伍 櫻井光夫 長澤正一 宮澤光夫 中島行一
計器部 冨澤豁 秋田千秋 藤園徳行 有本能輔 関根勇次郎 石井一郎 加藤英治 佐藤福三郎 坂本逸男 高岡準三 三好光雄
火工部(火工友の会) 幹事 川島一美
 相沢玉枝 石井優江 大竹丹治 小川(田中)盛男 小野内武志 大石利夫 笠原常吉 門脇登 斉藤まり子 野中介三 高橋勇 増田力三
 宮道一男 八橋尚 渡辺金之助 仲吉朝啓 皆本直義 浅井正男 猪俣国雄 皆川千治 斉田喜八郎
深浦会 岩瀬実 永井康司 宮澤六郎
射撃会 有賀稔 小野君枝 小林新太郎(宰子) 鈴木美代 高松静江 松沢福三郎 森花子 山中壽二 鈴木充彦
射撃部 比留川芳夫 藤田登
兵器部 小島豊
舞鶴工廠 和澄吉男
山梨県立谷村工商学校 染織科・商業科 昭和二十年三月五年卒業生一同