千代ケ崎新砲台

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<概要>横須賀市川間
千代ケ崎砲台の東低地に大正13年(昭和3年説あり)三十センチ加農砲塔(戦艦鹿島のもの)砲台(2門1基)起工、翌年竣工、終戦時残存。
大正十年のワシントン軍縮条約により廃艦となった戦艦の主砲を利用した最初の砲台。海軍と陸軍の協力により実現した。

<構造・現状>
現在、砲塔のあった場所には、直径10m程度の大穴があるのみ。内側のコンクリート壁がわずかに残っているだけで、 砲塔の跡とは思われない。観測所は砲塔西の高台に築かれていたようだが、開発のため周辺が大きく削られており 発見できなかった。また、谷戸を隔てた北側の高台に電燈所があったが、業者の敷地となっており立ち入ることはできない。 平成16年現在、新砲台を含めた千代ケ崎砲台南部分(自衛隊基地でない部分)は、造成工事中で(墓苑ではないか?) 破壊されるのは時間の問題である。早急にしっかりした記録が必要である。
砲塔の北側地下にはコンクリート造りの機関室部分が廃墟となって残っている。 また、千代ケ崎砲台から新砲台までの軍道がこの開発のおかげで復旧され、苔むした石積みの擁壁が続く様は当時を彷彿とさせる。 北の谷戸には、兵舎や発電所が建ち並んでいたが、現在でも、井戸や建物の基礎が残っている。
砲塔砲台イメージ。

写真中央の黒い部分が砲塔の穴である。
穴の内部。一部コンクリート壁が残る

地下部分の機関室を左側から眺める 同左。右側から眺める 副動力機室正面 同左内部
壁のあちこちに機械を据付けた跡が残る

大きい入口は砲塔へ通じている 同左突当り
崩れている先は砲塔下部である。
動力機室外側
コンクリートの庇跡が残り、
前面にも施設があったようだ。
同左内部。

動力機室内の蓄力機室 機関室左端にある倉庫施設 副動力機室上の通気口 砲塔砲台への軍道
開発のおかげで復旧された
千代ケ崎砲台側にある門柱

砲台関連施設が設置されていた谷戸 兵舎と思われる施設の基礎 唯一残存している建築物 井戸。小屋掛けされていた
基礎が八角形である

便所跡と思われる