走水低砲台

砲台マップに戻る
<沿革>横須賀市走水
明治18年:起工
明治19年:竣工
二十七糎加農砲4門砲台だが当初、二十七糎加農砲2門設置
明治26年:加式二十七糎加農砲4門に交換
明治37年:斯加式二十七糎加農砲4門に交換
震災により被害を受け復旧工事を受けるが昭和9年除籍
その後、横須賀陸軍重砲兵学校の演習用として南門砲台の九糎速射加農砲4門が移設され、終戦時残存。

<構造・現状>
島状に突き出た岬(旗山崎)全体が砲台であり、中央部に4門の二十七糎加農砲座が一列に並ぶ。 砲座間及び両端には横墻が築かれ、左端横墻上には方形の観測所が設けられている。
砲座間の左右の横墻上にはそれぞれ小隊長掩壕が設けられ、その地下に砲側弾薬庫がある。小隊長掩壕の下に揚弾口があり、地下弾薬庫から左右の砲座に砲弾を供給する。地下の弾薬庫はフランドル積みレンガ造で砲座に合わせて2部屋づつ設けられている。 また、中央横墻地下には兵員棲息部が設けられている。
岬の周囲は石垣で護岸補強されているが、東南側は埋立てられ漁港になっている。兵舎等が建てられていた砲座背後の平地は公園となっており、砲台への斜路や石段が残されている。 第1砲座、第2砲座前面に、アンカーボルトが4箇所残されているが、これは南門砲台から移設された9p速射カノン4門の跡である。 現在、砲座や掩蔽壕などの遺構はそのまま残されているが、放置された状態である。砲台遺構がまとまって残っており、アクセスも極めて良いので保存活用が望まれる。

追記:平成28年4月に横須賀が、「鎮守府 横須賀・呉・佐世保・舞鶴 〜日本近代化の躍動を体感できるまち〜 」として日本遺産に認定された。その構成文化財の一つとなっており、合せて一般公開に向けた整備が行われ、随時見学会が開催されているが、自由に見学はできない。

旗山崎遠望 岬周囲の護岸石積

第一砲座 27pカノンアンカーボルト 小隊長壕 第1第2砲座間横墻

地下弾弾薬庫入口 弾薬庫の前室。
右手が出入口
弾薬庫内部、
2室が並んでいる。
写真中央のくぼみが揚弾井 揚弾井を見上げる。
天井に揚弾機金具が残る。

弾薬庫内から入口方向を見る。明治
10年代の築造であるため、レンガは
フランドル積みである。
弾薬庫に設けられた窓(点灯窓)

砲台中央部に築かれた地下掩蔽壕正面図 兵舎(兵員棲息部)正面 兵舎内部

  
左翼観測所平面図 左翼観測所。方形に改築された。 左翼にあるコンクリート構造物基礎 12p速射カノンアンカーボルト