戦車(若獅子神社)

軍事遺物
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陸軍少年戦車兵学校跡地に創建された「若獅子神社」に奉納された戦車。
サイパン島から帰還した九十七式中戦車(チハ車)であり、車体に残る弾痕は戦闘の激しさを物語っている。昭和50年8月に若獅子会によって奉納され、その後2回修復が行われた。上屋は平成20年完成。
現地の張り紙によると、車体に乗ったり、部品を盗み去る不届き物がいるようで、大変嘆かわしいことである。
所在:若獅子神社(富士宮市)

「九十七式中戦車諸元(乗員四名)
自重14.3t 全備重量15t 全長5.55m 全幅2.33m 全高2.23m
最低部地上0.40m 設置長3.54m 履帯幅0.33m 発動機空冷式ディーゼルV12 出力/回転数170HP/2000rpm 装甲(mm)砲塔前面25 同側面25 同後面25
車体前面25 12+16 同側面20〜25 同後面20 同上面10 武装 九十七式57mm戦車砲1 弾薬114発 九十七式7.7mm車載重機2 弾薬4,035発
最大速力時速38km 航続距離210km」

(由来碑刻字)
正面:
「帰還戦車の由来
 かっての大戦において陸戦の華少年戦車兵とともに活躍した機甲部隊の主力に九十七式中戦車(チハ車)がありました
 この戦車はもっとも熾烈をきわめた玉砕の島サイパンにて四十余名の少年戦車兵とともに勇戦奮闘 祖国の礎となり戦後三十年土中深く無縁をかこっていましたがこのたび一有志の悲願がかないこの母なる地に還り安置したのであります
 無数の弾痕は戦争の激しさを訴え萬身の赤錆はたたかいの空しさを語り平和の尊さを教えています
 ここに若獅子の御霊とともに永く平和の道標として顕彰されんことを希うものであります
 昭和五十年十月吉日 第三期生 雪堂小野田稔謹書」
裏面:
「平成十一年十月吉日 奉納者 富士宮市池田驍」