故近衛歩兵上等兵内田喜一郎碑(増徳院)

軍事遺物
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日露戦争に従軍し、鴨緑江の闘いから金州、南山、得里寺、遼陽と転戦し、明治37年10月13日、沙河会戦で戦死された内田喜一郎さんの慰霊碑。
建立年は記されていないが、種々の状況から明治38年〜40年頃の建立と推測される。遺族によって根岸の増徳院に建立された。
碑高約225cm、最大幅63cm、厚さ16cm。
所在:増徳院(横浜市南区)

(刻字)
碑正面:
「故近衛歩兵上等兵内田喜一郎碑  功七級勲八等  諸田書」
碑裏面:
「君明治卅四年十二月一日入青山近衛第四聯隊三十五年六月進 一等卒卅六年十一月三十日満期除隊受善功證書會申辰孟春 征露之役興二月七日應召入營属于第一軍臨戰於鴨緑江爾来 轉戰於金州南山得利寺遼陽等十月十三日沙河大會戰之際君 爲大隊長太田少佐之従卒奮進激接触闘□見隊長當敵彈而斃 君遥望之急遽赴援将索瘡痍而爲繃帯之時可惜敵彈命中君之 □□□遂不起□者皆莫不泣□壮烈矣依功進上等兵君居常以孝 □□□□□?以爲鑑今也匚焉哀悼拱哉鳴碑爲紀     角田書
施主 横濱市石川仲町四丁目
    内田龍吉
    同 大吉
幹事 石川有志會
    横濱軍友會
石工 須田銀次郎刻」