故陸軍工兵二等卒勲八等鈴木兼吉之碑(中田寺) |
軍事遺物 |
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日露戦争に鉄道大隊として従軍し、明治38年4月21日安東県の兵站病院にて病死された鈴木兼吉さんの慰霊碑。建立年は記されていないが、村葬が行われた明治38年10月7日と推測される。なお、同寺の忠魂塔にも合祀されている。
碑高碑高255p。幅71p、厚さ13p、台石29p。 所在地:中田寺(横浜市泉区) (刻字) 碑正面: 「故陸軍工兵二等卒勲八等鈴木兼吉之碑」 碑裏面: 「氏者姓鈴木諱兼吉相州鎌倉郡中和田村中田鈴木久太 郎之長男也幼年喪兩親天資温厚有長者之風郷當推之 卅六年適壮丁入營于鐡道大隊卅七年日露啓□也編入 于臨時鐡道大隊同年四月東京中野屯營出發韓清兩國 之戰線軍用鐡道于工事従事卅八年二月于車掌榮進勤 務中不幸于病魔被襲安東縣入于兵站病院加療中藥石 不奏其効於于該病院永眠矣實明治三十八年四月廿一 日也官賞賜白色桐葉章及金員若干圓矣實弟關盛相續 於家督矣法謚報本院盡譽義兼居士三十八年十月七日 以村葬之式典遺骨□此地焉 施主 鈴木關盛」 |