甲種飛行予科練習生鎮魂之碑(貝山緑地) |
軍事遺物 |
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甲飛生存者有志等により、ゆかりの地である貝山緑地の追濱神社跡地に平成9年11月2日建立された。
黒御影石の威厳あふれる碑である。 碑面には、上部に桜と海軍航空隊のシンボルである鷲のマークが刻まれ、その下に大きく「鎮魂之碑」、裏面には寄附者の氏名が刻まれている。 碑文は基壇正面に、裏には団体芳名及び建立委員氏名が刻まれている。 碑高210cm、幅130cm、厚さ21cm、台石14cm、基壇117cm。 所在:追浜(横須賀市) (刻字) 碑正面:「甲種飛行予科練習生 鎮魂之碑 横須賀市長 澤田秀男」 裏面:寄付者氏名 基壇碑文: 「碑文 昭和十二年国際関係が悪化し国防が最重要視される頃、海軍では航空機の発達と共に、今までの大艦巨砲主義から航空機へと思考を変え、航空機搭乗員養成を急務とした。高度な飛行技術と強靭な肉体を求められる搭乗員は、心身共に優秀な青少年を求めた。ここに、甲飛即ち海軍甲種飛行予科練習生制度が誕生した。昭和十二年九月一日全国の中等学校から厳選された二百五十名が第一期生として横須賀海軍航空隊に入隊した。以後太平洋戦争の激化に伴い最終の第十六期生まで十三万九千七百二十名もの青少年達が、国を守るために各地の航空隊の門をくぐった。しかし、戦局の悪化により大空の果て、海原の底に散った甲飛の御霊は、実に六千七百七十八柱にのぼる。その中の一人は次の歌を残して散華した。 血潮もて茜と染むも悔ゆるなし 雲を墓標の空の御盾は 私達は国家危急の折、救国の大義に殉じられた多くの同窓の御霊の冥福を祈念するとともに、甲飛の歴史の伝承と我が国の永遠の平和を念願して、ここ甲飛発祥の地横須賀に、この碑を建立する。 平成九年十一月二日 甲飛生存者有志 遺族、一般賛同者有志」 裏面: 建立関係者名 |