招魂碑(神明社)

軍事遺物
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神明社の社殿造営にあわせて建立された地域の大東亜戦争戦没者英霊16柱を祀った招魂碑である。8人の発起人により、269万円の寄付を集めて平成13年5月に建立された。
同境内には、隣接して明治38年建立の昭忠碑と明治40建立の戦捷紀念碑が建てられている
碑高182cm、93cm、厚さ20cm、台石50cm
所在:神明社(藤沢市)

(刻字)
碑正面:
「招魂碑
第二次の大戦からすでに半世紀を過ぎ わが国 は復興から繁栄へと平和のうちに二十一世紀 を迎えました 大戦中この神明社の社頭から 祖国の守りのために出征し 大陸で孤島でまた 洋上で砲弾弾雨のなか壮烈なる戦死を遂げら れた 勇士十六御柱の英霊をここに祀るも のであります
ここに神明社の社殿造営と新世紀を期して 御霊の安らかなる眠りと 世界の恒久平和 地域の繁栄 一家の安泰を祈念して 有志に より碑を建立いたしました
  湯山學撰文
平成十三年五月吉日

戦没者氏名
三角秀雄 中国北部方面 昭和十六年十一月二十三日 二十一才
小澤一作 中国中部浙江省 昭和十七年八月十七日 二十二才
瑞山一三 中国北部河南省 昭和十八年八月二十六日 二十五才
高橋福松 中国□江省 昭和十八年十月二十日 二十三才
牛王重信 中国中部安徽省 昭和十八年十二月四日 二十六才
高橋 嵩 中国南部方面 昭和十九年十二月一日 二十六才
中田正男 南太平洋上 昭和十九年十二月四日 三十九才
三角松蔵 フィリピン 昭和二十年二月十七日 三十才
高橋賀博 ニューギニア 昭和二十年三月十八日 二十五才
瑞山浪夫 西部ニューギニアマノクワリ 昭和二十年四月二十八日 三十才
畠山 茂 沖縄本島直嘉比壕 昭和二十年五月十二日 二十六才
瑞山愛輔 フィリピンルソン島 昭和二十年六月二十五日 三十七才
中田留吉 南方方面 昭和二十年七月一日 二十一才
瑞山芳晴 内地警備軍 昭和二十年七月二十六日 二十二才
青木義雄 フィリピンルソン島 昭和二十年八月三日 三十三才
三角勝雄 中国中部方面 昭和二十年十月二十五日 三十五才」

碑裏面:
「 奉賛者
七萬円
 川口功 川口秀勝 高橋一正 高橋三郎 高橋眞一 中田武 中田重治 中田豊実 瑞山保雄
 瑞山幸夫 三角一郎 三嶽晴男 森谷旭 森谷英一 森谷吉一
六萬円
 高橋勝 瑞山周良 畠山吉治 三角勉 森谷安信 森谷忠司
五萬円
 青木友明 牛王武 牛王松枝 小澤勤 川口喜代治 川口作久 高橋潔 高橋武信 中田勝久
 三角廣 中田方巳 中田泰久 瑞山泰司 三角太
参萬円
 青木敏 青木政道 青木好信 小澤寛文 川口光一 川口茂義 畠山友一 三角勇 三角清二
 三角光行 三嶽一郎 三嶽一男 三嶽喜一 三嶽勝
貮萬円
 小澤政司 三角政見 小澤康夫 畠山利見 牛王進
壹萬円
 高橋トヨ 小澤俊男 畠山清 三角八重 三角シズエ 中田九郎
奉賛金 貮百六十九萬円
発起人
 瑞山幸夫 中田重治 川口秀勝 高橋三郎 三角一雄 牛王武 高橋一正 瑞山泰司」