陸軍工兵弌等卒根岸伊助君墓碑(真福寺)

軍事遺物
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日露戦争に従軍し各地を転戦したが、明治37年8月19日、青泥窪兵站病院で戦病死された根岸伊助さんの墓碑。享年28才。
建立年月日の刻字がないが、明治30年代末に建立されたものと推測する。
碑高181p、幅78p、厚さ25p、台石96p。
所在:海宝寺(平塚市)

(刻字)
碑正面:
「陸軍工兵弌等卒根岸伊助君墓誌銘(篆額)
明治三十七年八月十九日陸軍工兵一等卒根岸伊助君以病歿於清國青泥 窪兵站病院既歸葬於郷頃者親戚胥謀将建碑于先塋詣余乞銘君相模國中 郡須馬邨人資性温良善事父母歳之丁酉徴入第一師團工兵第一大隊君在 役持身有方事長有道技藝練熟學業超衆隊中皆取軌至受善行之證期滿後 奉職于東京郵便局亦有聲誉征露之役起也復應召入其□□隊實三十七年三 月也五月渡海轉戰金州南山各地七月獲疾遂不起享年二十有八衆莫不哀 惜焉先歿官録其功叙勲八等賜白色桐葉章君未娶無子銘曰
眇眇之身  死生有榮  維石之貞  永勒其名
 神奈川縣師範學校長正六位勲六等久保田貞則篆額 教諭 山内淳吉□  佐久間政裕書 富田壽石刻」
碑裏面:
「根岸勘左衛門建」