戦死病歿将士碑(青山霊園)

軍事遺物

後備歩兵第49連隊の戦病没者を合祀した慰霊碑。
同連隊は、明治37年12月15日東京で編成され、後備歩兵第54連隊、後備歩兵第57連隊とともに後備歩兵第15旅団に所属。連隊長は菊野景衛中佐で、明治38年1月18日に軍旗拝受。 乃木希典率いる第三軍に編成されて満洲を転戦、奉天会戦に参加する。
碑の裏面には、陸軍歩兵大尉岡村明之から始まる戦病没者120柱の氏名が20名づつ6段になって刻まれている。
なお、碑の脇には寄附と刻まれた石柱が建っている。慰霊碑を刻んだ石勝の名前が入っているが、慰霊碑に関連するものかは不明である。
碑高260p、幅100p、厚さ19p、台石50p
所在:青山霊園(港区)

(刻字)
碑正面:「明治三十八年於満洲 戰死病歿将士碑 後備歩兵第四十九聯隊有志者建之  石勝號豊房刻」
裏面:「陸軍歩兵大尉岡村明之 〜 (全120柱の氏名)」

脇石柱:「寄附 青山壹丁目 石勝」

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