忠魂碑(素戔嗚神社隣接地)

軍事遺物

巨大な石碑と共に、鳥居、灯篭、狛犬が供えられた立派な忠魂碑である。
建立年が見当たらないが、鳥居に「昭和29年12月建立 稲取町遺族会」とあることから これが建立年であり、当時は稲取町の忠魂碑であったと考えられる。
さらに、手前の説明板の裏には平成13年8月15日の日付と東伊豆町の各団体名があり、脇には戦死戦災者芳名碑があることから、 忠魂碑の建立後、時期は不明だが東伊豆町全体の忠魂碑となったことが推測される。
なぜなら、昭和34年に稲取町と城東村が合併し、東伊豆町が発足したという事実がある。 戦死戦災者芳名はその際に建立されたもので、合祀した全体の芳名碑となっているのであろう。 また、日露戦役の戦没者名がないことから、合祀の対象は日中戦争以後の戦死戦災者と考えられる。
所在:素戔嗚神社手前(東伊豆町稲取)

【忠魂碑】 約445p、幅:約181p、厚さ:約25p、台石:約120p
(刻字)
碑正面:「忠魂碑  宇垣一成謹書」

【戰死者戰災者芳名碑】 約170p、幅:約125p、厚さ:約15p、台石:約50p
(刻字)
碑正面:「戰死者戰災者芳名  軍人(228柱氏名)、軍属(39柱氏名)、他町村軍人(15柱氏名)、軍属(6柱氏名)、戰災者(63柱氏名)、追記(4柱氏名)」

【説明板】
「平和への道標
ここに祀られている方々は私達の美しい故郷の山や川を守り 日本の平和と豊かな暮を願い乍らいくたびかの戦爭の中で亡くなられました 今日の平和を思うとき 私達はここに眠る方々を 決して忘れることなく この尊い心を受継ぎ 感謝の心をもって一日一日を大切にしましょう  合掌   英霊に答える会」
裏面:
「平成十三年八月十五日 建立者 英霊に答える会 稲取復員同志会 東伊豆町遺族会 〃 婦人会 〃 区長会 復員同志会発起人 遠藤猛書 八十七才」

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