表忠碑(円覚寺) |
軍事遺物 |
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日露戦争の戦病没者を表忠する碑。表忠とは忠義をあらわすという意味。 永冶 宜雄さんの発願によって、明治39年2月、円覚寺の弁天堂脇に建立された。篆額は大教正宮路宗海氏、碑には船茂孝阿による慰霊のための歌が刻まれている。 歌の内容であるが、「円覚寺の鐘は、北条貞時が父時宗と元寇の殉難者の冥福を祈って鋳造したものだという、今も昔と同じ音色を響かせる鐘の音には、日露戦争の戦病没者の魂も集まって来るに違いない」と解釈する。 碑高140cm、幅90cm、厚さ20p、台石(3段)83cm 所在:円覚寺(鎌倉市) (刻字) 碑正面: 「表忠碑 加まくらや む可しな賀良乃 鐘の音耳 寄りつとふら志 も能ヽ婦能靈 孝阿」 碑裏面: 「老友船茂孝阿翁東京向島人以慈悲博 愛爲楽家有餘貸則義捐公事賑恤窮困園有 餘地則貸與学校不收其價頃者在鎌倉寄 書曰圓覺寺梵鐘北條貞時所鑄蓋祈其父 時宗及元寇殉難士冥福也吾亦欲建碑於 鐘樓側弔卅七八年役彼我戰死病歿者余 謂慈悲佛陀之本願也博愛人道之極致也 翁之此擧不獨足慰藉死者靈其關世道人 心不為尠故余喜記之併及翁平生如此 明治三十九年二月 陸軍教授従六位勲六等丸山正彦撰竝書 藤澤廣田仲太郎刻之 篆額 當山二百十世大教正 宮路宗海書」 台石正面: 「賛襄者 円覚派宗務総理 秋山正□、黄梅院 小嶋蔵界、浄智寺 鷲嶺祖佑、佛日庵 福泉東洋、臥竜庵 尾上石應、東慶寺 釈敬俊、 海軍大佐 松枝新一、一等看護長 磯崎直次郎、輜重兵曹長 熊野義春、歩兵軍曹 巣山正欣、歩兵伍長 川島徳次郎 當村長 永島良助、仝助役 武田達應 當所 栗田傳兵ヱ、仝 小泉権兵ヱ、仝 梅澤松太郎、仝 関戸長左ヱ門、仝 鹿島孫右ヱ門、仝 山ノ井辰次郎 発願人 東京本所中ノ郷町 船茂孝瑞居士 永冶 宜雄」 台石左面: 「建設担任 伊藤喜三郎 錦喜代三」 |
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