八紘一宇(市谷亀岡八幡宮)

軍事遺物

神武天皇の即位から2600年にあたる昭和15年は紀元2600年記念として様々な行事が行われた。 刻字からこの碑もその一環で建立されたものであろう。 「八紘一宇」とは『《神武紀の「八紘をおほひて宇いへとせむ」から》全世界を一つの家にすること。第二次大戦期、日本が海外侵略を正当化する標語として用いた。(小学館デジタル大辞泉より)』であり、紀元2600年記念の建造物で多く用いられた。
揮毫は東京市長の大久保留次郎である。市長在職期間は昭和15年5月12日〜昭和17年7月22日である。詳細は不明だがこの碑は昭和15年に建立されたのであろう。 寺社奉納物ではあるが、石碑であることからこの項目で紹介する。
所在:市谷亀岡八幡宮(新宿区)

(刻字)
碑正面: 「八紘一宇  紀元二千六百年記念 東京市長 大久保留次郎書」
碑裏面: 「氏子中建之」