15センチカノン砲を2門設置した洞窟砲台。
現在もコンクリートで巻かれたトンネル状の砲室が残っている。
戦後、いずれも住居に利用されていたようで、西砲台には現在も別荘が建っている。
内部は南砲台、西砲台とも砲室の脇と後部にコンクリートで固めた弾薬庫と素掘りの兵員棲息部を設け、
さらに砲室の裏側に抜ける出入口を設けている。さらに両砲台を連絡できるように通路で結んでいる。
南砲台の右方にも通路が続いているが、途中コンクリート壁で塞がれ、調査不可能である。位置から考えると@坑道とA坑道に接続していると推測される。また、南砲台の東側に掘削途中と思われる単独壕が存在している。黒崎砲台にも同様の単独壕があるが、目的は不明である。
@抜け穴と推測されるが、奥はブロッ
クで塞がれている。
A壕の壁にブロックを壁を建て込んで
いる。住人が坑道を利用していた跡。
B南砲台からの連絡路もここで塞が
れている。
C単独壕。直線壕ではない。
D枝道への分岐。先は掘削途中。
E南砲台砲室。
F砲室脇の弾薬庫。天井は緩い
アーチである。
G兵員棲息部。入口には爆風よけ
コンクリ―ト壁が建てられている。
Hこの通路は土が流れ込み天井が
低くなっている。突き当りは掘削途中。
H入口から内部の様子。右手への
枝壕は西砲台への連絡路。
Iこの出入口は埋め戻されている。
手前には土手が形成されている。
J西砲台のコンクリート部屋。他砲台と
比して丁寧な打設である。