海軍港標石

軍事遺物
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海軍省は明治10年9月1日に横須賀海軍港の港域を定めた。田戸岬から猿島を経て、西へ夏島、帽島(烏帽子岩)を結ぶ線の内側であり、港域内では、造船所の許可なく、艦船の係留・停泊、地形の変更、埋立、浚渫、漁業はできなくなった。
明治12年頃にそれを示すために7本の木杭が建てられた。 1番は烏帽子岩、2〜4番は夏島、5〜6番が猿島、7番が田戸岬であった。
その後、猿島では、6番杭が陸軍砲台建設の為の所管替えの際に標石に建て替えられた。 二つに折れているが、現在も残っており、金属の支柱で保護され、刻字も復元されている。
一辺が約30センチの安山岩の角柱で各面に文字が刻まれている。途中で途切れているが復元すると次の通りである。
右面:「海軍港 北正真ヨリ東江三十四度三十六秒 
       直径百八十七間二分八厘」
正面:「海軍港 右江百八十七間二分八厘」
      左江九百五十六間九分一厘」
左面:「海軍港 南正真ヨリ西江六十四度二秒
      直径九百五十六間九分一厘」
後面:「明治十年九月一日 海軍省」
これは、この標石から5番杭と7番杭までの角度と距離を表示している。