横須賀海軍共済病院標石

軍事遺物

三浦半島の基幹病院である横須賀共済病院は、前身は、横須賀海軍共済病院といい、海軍共済組合員及びその家族の診療のために設けられた病院である。
創立は明治41年、公郷町(現在の田戸台)に横須賀職工共済会医院として開院した。大震災で被災したが、再建にあたり地盤が弱いことから、米ケ浜に移転したものである。
現在も、田戸台49番地付近に「海共病」と刻まれた標石が残っている。海軍共済病院の略であり、敷地の境界標石であろう。標石は安山岩製で、幅約12.5p、高さ25p〜30pであり、頂面には境界線が刻まれている。
地元の方によると、標石@ABのあたりには炊事場があったそうである。
なお、この付近には、区裁判所があったことから「司法省」と刻まれた標石や、「横須賀市」と刻まれた標石もある。

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A
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司法省標石
横須賀市標石@
横須賀市標石A
横須賀市標石B

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