稜威神社跡(陸軍重砲兵学校)

軍事遺物
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稜威神社(「みいづじんじゃ」と読む)は、陸軍重砲兵学校の神社として、学校創立五十周年にあたる昭和14年3月27日に建立された。境内に稜威神社之記碑があり、「陸軍重砲兵学校は創立五十年、稜威の下、多くの先輩により今日の興隆がある。ますますの発展を願って、神殿を造営し、伊勢大神宮、明治神宮、香取鹿島両宮を奉り、云云」という由来が刻まれている。
現在、陸軍重砲兵学校の跡地は、馬堀小学校、馬堀中学校及び馬堀自然教育園となっている。神社跡は、馬堀自然教育園内にあり、鳥居と右手に「稜威神社」と刻んだ標柱及びその先階段を上がった山頂に神殿の台座(高さ約90p、幅153p、奥行き116p)がひっそりと残るのみである。
なお、稜威神社標柱の書は、28代校長であった太田勝海中将によるものである。
下記は復元図であるが、当時は一段高い土地に砲弾と鎖の柵で囲まれた中に、神明造りの社殿が鎮座していた。図には再現していないが、正面には鳥居と一対の灯篭も立っていたようである。