横須賀海軍工廠機雷実験部

海軍施設
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日露戦争後、機械水雷(機雷)の研究試作実験は、造兵部において行われていたが、大正12年、横須賀海軍工廠の組織に正式に機雷実験部が置かれた。(因みに呉海軍工廠には魚雷実験部が置かれた)
当初、施設は船越造兵部地区内水雷工場横(鯛ケ崎)にあったが、昭和19年、防備隊(現在の田浦中の場所にあった)とともに浦賀町川間(現在の久里浜長瀬)に移転し、終戦を迎える。
主な施設は、空中写真のとおり庁舎のほか機械仕上場、製缶素材場、倉庫など木造6棟のほか車庫や便所などの小建物が付属していた。 また、西北の高台の谷戸に約100名収容の寄宿舎が2棟建てられていた。なお、正門は現在の裏通りに面して設けられていた。
現状は、施設の中心部に海上自衛隊の潜水医学実験隊と横須賀病院教育部が、周辺部には民間工場が建てられており、遺構は残っていないようである。
米軍撮影空中写真(昭和22年撮影) 現在。海自施設を中心に建物が立ち並ぶ。

潜水医学実験隊正面 潜水医学実験隊の右手に建つ
横須賀病院教育部正面
裏手はコンクリート塀で囲まれている
かっての表通り。
かって寄宿舎が立っていた場所に今は、海自長瀬官舎が建つ。 寄宿舎に上る坂下に残る井戸。