横須賀海軍工廠造兵部沼間第五、第六寄宿舎

海軍施設
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逗子地区には、日中戦争から太平洋戦争にかけて増大した徴用工や挺身隊、学徒隊員などを収容するための工員寄宿舎が数多く建てられていました。
(第五工員寄宿舎)
昭和18年に建設されたもので、木造2階建ての宿舎(第一〜第三宿舎)3棟及び平屋の第四宿舎の4棟の宿舎のほか、浴場、烹炊場、舎宅などの施設が建てられていました。収容人員は約700名。第二、第三宿舎は逆L字の変わった形をしています。
現在、跡地は主に逗子警察署となっており周辺に住宅が立ち並び、遺構としては何も残っていません。なお、福島中学の男子生徒4年生300人が収容されていたようです。(逗子市史より)
(第六工員寄宿舎)
昭和18年、第六寄宿舎と一緒に建設されました。敷地が二つに分かれ右手に木造2階建て宿舎が4棟(第一〜第四宿舎)、平屋の第七宿舎、浴場、烹炊所など、左手には木造2階建て宿舎が2棟(第五〜第六宿舎)及び舎宅が建てられていました。収容人員は約800名。写真では第二、第六宿舎が写っていませんが、空襲対策として解体されたものと思われます。現在、敷地は住宅地となっており、建物などの遺構は残っていませんが、防空壕が1箇所残っていました。
米軍撮影の空中写真(昭和22年撮影)  

第五寄宿舎跡の逗子警察署。
水道路に面しています。
警察署と田越川の間、
舎宅のあったあたり。
第六寄宿舎の入口。道を挟んで
左右に分かれていた。
浴場のあったあたり。
第五宿舎裏に残る防空壕