横須賀海仁会病院

軍事関連施設
戻る

海軍の下士官及びその家族の診療を行う病院であり、昭和14年3月に開院した。この場所には諏訪小学校と市役所が建っていたが、震災で倒壊移転した跡地である。
戦後、昭和21年7月15日、カトリック聖母訪問会に払い下げられ、聖ヨゼフ病院として開院し現在に至っている。建物は増改築はされているが戦前の病院建築が現存しているもので貴重である。
敷地に合わせた弧を描いた建物で正面の曲面が美しい。未来に残したい建築物であるが、それを裏付けるように、2013年10月には、DOCOMOMO Japan(ドコモモジャパン) により「日本におけるモダン・ムーブメントの建築 164選」選定された。
設計は石本喜久治である。(出典:分離派建築博物館)
なお、病院裏手には、明治天皇が行幸の際に差し上げる水を汲んだ井戸が残っており、禁廷水の碑が建っている。
海仁会病院は、横須賀のほか旧鎮守府所在地にあった。佐世保海仁会病院は佐世保市立総合病院に、舞鶴海仁会病院は舞鶴市民病院となり現在に受け継がれている。


右棟の5階部分が増築されている。

建物背面。凸面である。

2階。カーブした廊下の両側に病室が並ぶ

建物の両端に設けられている階段

1階、2階の平面図

進入坂路の欄干は当時のものと推測される。

戦前の遺構。海軍水道マークの鉄蓋

今に残る井戸。扱いが粗雑である

禁廷水の碑。揮毫は加藤寛治海軍大将


当時の案内パンフレット