横須賀海軍共済病院長浦分院

軍事関連施設
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横須賀海軍共済病院とは、横須賀海軍工廠に勤務する職員及びその家族を診療するために設置されたもので、明治39に横須賀海軍工廠職工共済会医院として開院したものが前身で、長浦分院は、大正4年に「横須賀海軍工廠長浦職工共済会病院」として開院した。大正7年には、海軍共済組合に寄附され、「海軍共済組合横須賀病院長浦分院」と改称、昭和2年に、「横須賀海軍共済組合病院長浦分院」、昭和18年に「横須賀海軍共済病院長浦分院」となる。
終戦により、財団法人共済協会へ継承され、「横須賀共済病院長浦病院」となり、翌年「田浦共済病院」に改称され、この名称で永く親しまれてきたが、昭和62年、「横須賀北部共済病院」と改称され、さらに平成21年4月、横須賀共済病院の分院として再出発している。
当時の建物としては、昭和12年に建設された第3病棟が厚生棟として使用されている。 また、当時の遺構としては、門柱をはじめ、海軍消火栓などの海軍水道の遺構や海軍用地碑が残る。

現存する旧第3病棟 同左。内部 同左。中央に廊下が走り左右に居室が並ぶ
付属棟。現在は廃リネン庫として使用 同左。味のある木製観音扉 当時の門柱と思われる。 海軍消火栓。
海軍用地碑 錨にWマークの制水えん蓋 海軍マークの止水栓蓋