富津試験場(富津射場)

軍事関連施設
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(経緯)
・陸軍技術本部は大砲等の実射試験については伊良湖射場を使用していたが、大正9年頃、実射試験の増加により同射場では間に合わなくなってきたことと、東京附近に自由に使用できる試験場が必要であることから、富津元洲砲台の跡地を管理替によって新たな実射試験場として整備したのが富津試験場である。
・整備計画によると、各種火砲の海上射撃(射程35km)や陸上の短距離砲射撃、初速試験、彈体抗力試験、爆薬試験、その他小試験を行うとされている。
・長射程砲試験については、射方向を南方とし、内房の海岸沿い高地に観測所を設けることで対応した。
・旧砲台内部や周囲には本部事務所のほか、試験に必要な砲座、観測施設、火工作業所、火薬庫、起重機、実験室、砲廠、各種倉庫類が整備された。旧砲台の掩蔽部が清涼火薬庫に利用されるなど旧砲台施設も利用された。 構内の施設間には軽便軌条が張り巡らされた。 また、交通路として内房線青堀駅から射場まで軍用引込線が設けられた。
・特に陸軍最大の大砲である試製41センチ榴弾砲や日本唯一の列車砲で日本最大射程を誇る90式24センチ列車カノンという大口径、長射程砲の試験が行われたことは特筆すべきことであろう。
・当然のことながら、敷地は買収を経て拡張されていった。現在の千葉県立富津公園全体がその敷地である。
・組織改変により、陸軍兵器行政本部第一陸軍技術研究所所管の富津試験場として終戦を迎えた。
(現状)
県立公園として、ジャンボプールをはじめキャンプ場、野外劇場など様々な公園施設が建てられているが、土地形状はあまり改変されておらず、富津元洲砲台も旧状を良く残している。当時の建物や引込線は存在していないが、射場特有の鉄筋コンクリート構造物は撤去困難なせいか幾つか残っており、往時を偲ばせている。
(残存構造物)
 ・監的所3箇所、避害所、弾丸射入窖、監視所(警戒哨)、イテ塔、観測所

富津元洲砲台の堡塁内部や後背部に様々な施設が建てられている。大口径砲砲座が試製41センチ榴弾砲を据え付けた場所。
列車砲の砲座は約90度角度を変えて2箇所設けられていた。

<監視所(警戒哨)>
形状から地元民にボウズと呼ばれている。 幅約2.2mの監視窓が2箇所。
出入口は北東に設けられている。
内法は幅4m、高さは3.5mほど、壁厚60cm
内部はこのとおりガランドウです。
<監的所>
西側監的所 中央監的所 東側監的所
東側監的所。正面。監的窓は3箇所。
全高4.2m程度。
同左背部。出入口は高さ1.7m×1m。
壁の厚さは約60cm。
同左内部。内法高さ2.4m、直径2m。
<避害所>
射入窖から約50mの位置にある。左右1対の
防弾壁が設けられている。
左手の防弾壁。2箇所監視窓がある。
厚さ30cm(1尺)
防弾壁の背面、壁の後に小屋掛けされていた
ものと思われる。
<弾丸射入窖>
試験砲座から約180mの位置にある。弾丸を
撃ち込むトンネル
内部。壁厚1.2mもある。奥行きは7.5m。 斜め後から見る
<イテ塔>
隠顕式銃塔(銃用砲塔)である。98式水冷水冷式銃機関銃用に開発された。 上面にある昇降用丸穴。危険のため丸太で塞がれていた。 内部構造
<遠隔観測所>
中根観測所 他に、磯根、笹毛、洞口、城山の計5箇所に設けられ、長射程砲の観測に用いられた。
<現況>
本部事務所のあった場所。建物こそ無いが、
敷地区画や松樹はそのまま残っている。
堡塁内部と後背部。ここに多くの施設が建て
られていた。
富津岬荘の建っている場所が起重機路盤で
あり、駐車場の辺りが大口径砲座の跡である。