稲村が崎

伏龍隊特攻陣地
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新田義貞の故事で知られる稲村が崎。現在も観光地として多くの方が訪れる景勝地である。ここに大戦末期、本土決戦のための特攻兵器「伏龍」の陣地がある。伏龍は簡易潜水具を身につけ海中にひそみ、水上を通過する敵揚陸艇めがけ棒機雷(棒の先に爆弾をつけたもの)を突き上げ爆破する(自爆)という特攻兵器である。 伏龍隊は、久里浜対潜学校に第七十一突撃隊(嵐部隊伏龍隊)として訓練編成され、野比の実習所(第1、第2)で訓練が行われていた。
この陣地は、敵の相模湾上陸予想に備え築かれていたもので、構築中に終戦を迎えた。出撃前に敵の爆撃、艦砲射撃に耐えるための待機用地下陣地である。 構造は、背面陸側に入口があり、直接潜水できるように海に続く直線の斜路と途中分岐した通路と二箇所出口が設けられている。また上部には25粍機銃陣地があるが、機銃陣地には連絡しておらず構造は不明である。 国道側の入口は昔から塞がれていたが、海への開口部分へも立入禁止となってしまった。

@砂浜へ続く出口。直接海へ出る
のではなく、鍵の手になっている。
A直線の斜路で海へ出る。海面の
反射がまぶしい。
B直線斜路、幅、高さとも約2m。 C迂回路。待機用通路か。正面が
斜路である。傾斜がわかる。

Dここにも時の流れを感じる鍾乳石
が。
E入口は3箇所あるが、いずれも塞
がれている。
F待機用棲息部。少し狭いため掘鑿
途中か。
Gここも塞がれているが、小さい穴が
開いており外の国道が覗ける。

H入口。ここも塞がれている。 Hを外から撮影。塞がれている様子
が良くわかる。
機銃陣地の銃眼。断崖の中腹に
開口している。
中腹にある壕口。二箇所あり、機銃
陣地への出入口と推測している。