小 坪

洞窟砲台
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小坪の飯島崎、難所として知られた親知らず沿いに構築された。15センチカノン砲2門の洞窟砲台。 砲台は長者ケ崎砲台と同様のコンクリート巻きカマボコ型の構造で、両砲台の中央部に観測所が設けられていた。砲台の左右にはそれぞれ出入口用の素掘りの壕があったという。 また、飯島崎の北側には逗子海岸に上陸する敵を狙撃するための陣地が設けられていた。
飯島崎の前面の海は、昭和42年から埋立てられ、現在、逗子マリーナとなっており、様相がまったく変わっている。崖沿いの親知らずの道は一部残っているが、擁壁工事により砲台は埋められてしまった。なお、終戦直後の昭和20年10月、砲台内で火薬の爆発により14人の子供たちが亡くなるという大事故があった。このことは、「砲台に消えた子どもたち」という児童文学にもなっている。
砲台の入口内に事故の慰霊碑があったため、写真
はかなり残されている。
現在、砲台の場所はコンクリート吹付と
なっており全く確認できない。フェンスで
立入禁止となっている。
親知らずへの入口部分。
狙撃陣地と思われる壕。入口はコンクリート製
小坪トンネルにつながっているという。
砲台の脇にある壕。これも狙撃陣地か。 光明寺坂沿いに数基並んで壕が残る。
防空壕と思われる。
民家の庭先に海軍設置の東京湾要塞地帯標が残る。昭和16年設置。