横須賀重砲兵聯隊跡紀念碑(桜小学校)

軍事遺物
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横須賀重砲兵聯隊があったことを記念して、昭和46年4月に横重会によって建立された。
現在、「誠心山之碑」と一緒に移設建立されている。裏面には往時を偲んだ詩と創設から終戦までの歴史が記されている。
揮毫の源次とは、昭和初期に横須賀重砲兵連隊長を務めていた永持源次陸軍中将のことである。
碑高214p、幅140p、厚さ30p、台石42p、基壇76p。
所在:桜小(横須賀市)

(刻字)
碑正面:
「紀念碑 横須賀重砲兵聯隊跡
源次 花押」

裏面:
「嗚呼横重
 鎌倉山の星月夜
 衣笠城址の蝉時雨
 山河に残る英雄の
 感化は如何で浅からん
 桜花の春の競技会
 紅葉の秋の裾野原」
一 明治二十四年十一月要塞砲兵第一聯隊当地に創設
一 明治二十七年日清戦争に参戦
一 明治二十九年五月東京湾要塞砲兵聯隊と改稱
一 明治三十七年日露戦争に参戦二十八榴を以て旅順二〇三高地攻略戦に偉勲を樹つ
一 明治四十年十月重砲兵第一第二聯隊に改編
一 大正三年一部を以て日独戦争に参戦
一 大正八年十二月芸豫重砲兵大隊当隊に編入
一 大正九年九月深山重砲兵連隊より第三大隊転入 同年十二月横須賀重砲兵聯隊と改稱
一 昭和十三年第三大隊満州国阿城に転営
一 自昭和十二年至昭和二十年支那事変及大東亜戦争に於て各種野戦部隊を編成派遣し且つ東京湾
   要塞重砲兵聯隊を編成し首都を防衛す
一 昭和二十年八月十五日終戦

  昭和四十六年四月 横須賀重砲兵聯隊遺跡保存会建之 施工 田中石材工業」