重寺(しげでら)地区は、口野地区の南に隣接する地区であり、前面海面に淡島が浮かび、富士山との競演が楽しめるという風光明媚なエリアである。引渡文書によると海龍、震洋の格納壕が設けられていた。
昭和20年7月25日に第67震洋隊が編成され、その本隊が置かれていた。しかし、隊全体で震洋艇の配備は5隻だけだったという。
震洋格納壕は、3本造られ、重寺隧道の両側に燃料、居住のための壕が設けられていた。
海龍格納壕は、震洋壕の南にある小さな入江の北岸崖に6本造られ、その周辺には発電機や魚雷、魚雷発射筒などの格納壕も準備されてていた。格納壕から海へ引き出す斜路と引揚用の軌条も完成していたと記録にある。爆薬壕は危険なことから少し離して単独で造られていた。