友ヶ島防備衛所

<概要>
防備衛所とは海軍が設置したもので、水中測的兵器を装備し、管制機雷による艦船攻撃を主任務とする施設で、装備により甲乙丙に分かれた。友ヶ島は水中聴音機と管制機雷を装備する甲である。対戦末期には時期探知儀も装備していた。 大阪警備府紀伊防備隊に所属、日ノ御碕、伊島には乙衛所が設置されていた。 防備衛所の開設時期は未知であるが、昭和10年代であろう。昭和16年12月の日米開戦に合わせて防備が実施された。 開戦時には、九七式水中聴音機三型二組、九二式機雷三組、2.5m測距儀(五年式)。 士官1、下士官兵24の計25名の体制であった。 その後、戦況に合わせて増強され、本土決戦に向けた昭和20年6月時点では准士官以上2、下士官兵93の計95人。九二式機雷八連群、九七式水中聴音機5、磁気探知儀5、25o三連装機銃1、単装2の布陣となる。しかし、本土決戦は回避されたので、そのまま終戦を迎えることとなった。

「近畿地区施設一覧(附青図)(6)」(防衛省防衛研究所)( https://www.jacar.archives.go.jp/das/image/C08011197600)を加工して作成

<現状>
衛所の施設は、岬の先端に造られる聴音所と付属施設として発電所、蓄電池室、兵舎などである。引渡目録の施設及軍需品目録では建物は5棟(280平米)、隧道160mとなっている。隧道とは防空壕のことであろう。
現在、岬の先端にある聴音所は廃墟化しているが建物はそのまま残されている。建物は2階建てで、2階部分は見張り所であろう。壁や柱はレンガ造モルタル塗りであるが、天井、床はコンクリート製である。また、外壁には自然石が貼り付けられ、屋根は覆土し樹木を植えるなど偽装が施されている。
内部はいくつかに区切られ、先端には聴音と機雷の管制を行う部屋、手前左手には通信室、右手は海図室、入ってすぐ右手に便所という配置である。建物の中央右よりに2階へ上がる開口部があり、はしごが設置されていたと推測される。 建物の外壁には全部で7つのケーブルの取り出し口と推測する四角い溝状の穴が開口している。また、聴音所の手前の平場には建物があったようで、基礎のコンクリートと小便所跡が残っている。聴音所の付属施設なのか戦後のものなのかは不明である。兵舎や発電機室などその他の施設については未調査である。

外観。偽装されている。

奥の聴音室

通信室

天井に2階への開口部

便所

分銅の刻印は和歌山煉瓦製造所製

窓の下にケーブル取り出し口

建物前にある貯水槽。レンガ造モルタル塗り

聴音所への軍道沿いに残る貯水槽

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