若獅子神社(富士宮市)

軍事遺物
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若獅子神社は、陸軍少年戦車兵学校の教官・生徒600余柱の英霊を御祭神として、昭和59年10月に創建された。 場所は、少年戦車兵学校の敷地の北側、工術講堂、弾薬庫、軍需工場が建ち並んでいた場所である。
境内には、合祀者の碑(若獅子神社合祀者全625柱名が刻されている。教職員15柱、第一期生43柱、第二期生59柱、第三期生142柱、第四期生122柱、第五期生242柱、第六期生1柱、特別幹部候補生1柱)、若獅子の塔陸軍少年戦車兵学校跡碑帰還戦車が設置され、慰霊と平和・繁栄を祈念する場となっている。
所在:(富士宮市)

〇社号標石
正面:「若獅子神社」
左面:「昭和五十九年十月吉日 元陸軍少年戦車兵学校長元陸軍中将 従四位勲二等 玉田美郎」
〇神社の由来
「若獅子神社はさきの大東亜戦争において若獅子の名のもとに勇戦奮闘悠久の大義に殉じた陸軍少年戦車兵学校の教官・生徒六百有余の御霊を御祭神として永久祭祀の途を拓くため昭和五十九年十月神社を創建しました  いま英霊はこの地に還り守護神としてわが国の平和と彌栄を希い氏子・崇敬者の平安と繁栄をひたすらお守りしておられます とくに御祭神は交通安全・学業成就産業振興の神様として特別の御神徳をそなえておられます」
〇神社の起源
「昭和四十年十二月学校跡のこの地に戦没同窓生の慰霊・顕彰のため若獅子の塔を建立したのを起源とし以来毎年慰霊祭を執り行い英霊の奉慰奉顕に努め建塔二十年を期に富士山本宮浅間大社・靖国神社の御教導により永久平和への祈りをこめ神社造営を発起顕彰会々員七百二十九名の奉賛によって若獅子神社が創建されました」
〇神社の名稱
「若き情熱に燃え純心一途国難に赴き勇猛果敢な活躍を遂げた少年戦車兵の愛稱であった「若獅子」を神社の稱號といたしました
 第三期生 雪堂 小野田稔謹書」
〇合祀者碑(625柱) 「若獅子神社合祀者
教職員 15柱 第一期生 43柱 第二期生 59柱 第三期生 142柱 第四期生 122柱 第五期生 242柱 第六期生  1柱 特別幹部候補生 1柱