靖国神社

軍事遺物
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明治2年6月に創建された「招魂社」を前身とし、明治12年、「國神社」と改められ別格官幣社に列せられた。
国家のために尊い命を捧げられた人々の御霊を慰め、その事績を永く後世に伝える事を目的に創建された。 祭神は、明治維新前後以来の殉国者であり、戊辰戦争から函館戦争までの戦死者を祀ったのを起源にして、その後の内外戦役において、国家防衛のために尊い生命を捧げられた英霊246万6千余柱を祀っている。 その中には軍人ばかりでなく、軍属・文官・民間の方々や日本人として戦った台湾、朝鮮半島の方々なども数多く含まれている。
境内には、付属施設として、明治15年に開館した遊就館(御祭神の遺徳を尊び、また古来の武具などを展示する施設)と遊就館の付属施設として昭和9年に開館した国防館(国民への軍事知識普及を目的として施設)が設置されていた。
太平洋戦争期には戦争遂行の精神的支柱としての役割を担っていたと考えられる。
所在:東京都千代田区
大正10年建設の第一鳥居。昭和18年に供出されたが、昭和49年に旧鳥居を上回る高さ25mの日本一の大鳥居として再建された。 招魂社創設に功のあった大村益次郎の銅像。明治18年大熊氏廣に依頼され明治26年に除幕、同42年奉納。日本初の西洋式銅像。 昭和8年に片倉財閥の2代目片倉兼太カが奉納した石鳥居。設計は、両脇の狛犬ともども伊東忠太。現在は参拝者駐車場入口。
明治20年落成の第二鳥居。旧諸藩からの還納大砲を大阪砲兵工廠で鋳潰して製作。青銅製では日本一の大きさで高さ50尺(約15m) 神門。伊東忠太の設計で、昭和9年完成。総檜造りで、両扉には直径約1.5mの菊の御紋が取り付けられている。 明治34年に竣工した拝殿。本殿はこの奥にある。拝殿正面の白い幕は、神社の祭りの日には、紫色の幕に変えられる。
遊就館。明治15年に開館した軍事博物館。関東大震災で被災し昭和6年に再建された。これが現在の建物である。 戦後、建物改修を経て昭和60年に改めて遊就館として開館。 旧国防館。昭和9年4月23日に遊就館付属施設として開館。陸軍の科学兵器を展示し国防意識向上を図った。現在は靖国会館(偕行文庫と無料休憩所)として使用。 ビルマ戦域の遺品展示。戦後の遺骨収集で発見された遺品の数々(鉄帽、軍靴、弾丸、身の回り品等々)を展示している。
第二鳥居の左右に聳えたつ大石灯籠。
昭和10年11月22日、富国徴兵保険相互会社の奉納である。
靖国の時計塔
国は、昭和38年4月1日「戦没者等の妻に対する特別現金支給法」を制定し、戦没者の妻の特別な立場を認め、慰籍の方途を講じました。この感激を記念して、奉納いたします。昭和40年10月 財団法人 日本遺族会婦人部
献木(染井吉野桜 ガダルカナル島戦没者慰霊
南海ソロモン諸島ガダルカナル島及びその海域の激戦に於て祖国の為に散華された英霊に捧げます 春爛漫の桜花に想いを馳せ靖国神社で再開の喜びを共に致し永久に御霊のご冥福をお祈り申し上げます 創立 昭和38年8月8日 献木 平成2年3月12日 ガ島会
献木 木斛 昭和46年11月吉日
元北支派遣独立混成第九旅団独立歩兵第三十九大隊 戦友会一同
献木 木斛 第590号 昭和48年3月26日
濠北派遣挺身遊撃代七中隊 遊七会
献木 らかん槙
第43回国会において戦没者等の妻に対する特別給付金支給法が制定されました その記念として靖国の妻の感謝の心をこめて謹んでこの樹を献じます 昭和38年5月26日 財団法人日本遺族会婦人部
海軍13年桜 献木の由来
昭和13年、正に風雲急を告ぐる非常時局の折吾、今起たずんばの気概軒昂、志を立て身を日本海軍に捧ぐ、同期の友多く南に北に散りて靖国の森に静かに眠る、斃れし友を偲びて、武運拙く生還の同年同期の友等と計り、武人の華とも謂うべき染井吉野桜をこの地に植樹す 星移り時は流れしと雖も、春爛漫の桜花に想いを馳せ”二魂一命”の夢叶い、再開の喜びを共にしその盟約を果す所以なり 昭和57年3月28日 昭和13年入団者有志