横須賀海軍軍需部本部地区地下壕

海軍施設
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日本全国、空襲の激化とともに、軍需施設の疎開や地下化が進められた。軍需部本部地区では、田ノ浦、比与宇、行基に囲まれた丘陵部地下には倉庫や人員退避用の地下壕が構築された。位置的に比与宇トンネルの北側と南側の2地区に分かれる。 行基地区には二空廠の補給部があるため、軍需部だけでなく補給部も使用していたものと思われる。

(比与宇隧道南側壕)
本部庁舎のある田ノ浦と補給部のある行基間の丘陵を東西に掘り込んでいる。北は比与宇隧道内に4箇所開口部が設けられている。隧道内には引込線が通っていたことから、隧道内で地下倉庫から直接荷役をしていた思われる。
4m×3m断面の通路を奥深く縦横に掘り込んだ部分が倉庫エリア。田ノ浦側に面し、部屋や細い通路が入り組み開口部が多く設けられている部分は軍需部の防空壕エリアと推測される。倉庫エリアは防空壕エリアと比べ地盤が1m程度低くなっている。 また、このエリアは、大小の多くの部屋があり、レンガやコンクリート巻きたての部屋もあることから、軍需部の本部施設も疎開していたもの推測できる。 補給部側K、Lの区画は補給部の防空壕エリアと推測される。 倉庫には主に糧食や被服が格納されていたようだ。

@6m四方の素掘り部屋。出入口はブロックで塞がれている。

A6m×12mのレンガ造部屋。奥の通路は何故か壁上部に開口。

B3m四方の素掘り小部屋。出入口には木枠が残っている。

C倉庫と防空壕の境。土砂で半分近く埋まっている。


D防空壕エリア。写真中央部の
細い通路が倉庫部へ通ずる。

E一部コンクリート巻きたての部屋。
4.5m×9m。

F開口部であるが、埋め戻されて
おり、外部の位置は不明。

G奥行き約15mの枝壕。奥壁に
残る削岩の穴。

H補給部火工倉庫裏に開口

I倉庫部中央付近。陶器が散在。

J地下倉庫内部

K行基側開口部を望む

L防空壕エリア内部。十字路部分。

M清水溜。木枠が残っている。

N比与宇隧道内への開口部

O地下倉庫内部

N比与宇壕内の開口部。4箇所
あるがいずれも塞がれている。

隧道内に引込線があった証左。
戦中は通り抜けていた。

写真右手が@の開口部。左手は
平面図で下に位置する開口部。

Aの開口部、本部庁舎前であり、
職員避難用か。

(比与宇隧道北側壕)
比与宇隧道の北側、ちょうど炸薬弾丸庫の裏手丘陵に構築された地下壕。 大きく分けて、4.5×3.5m断面の2本の壕と碁盤目状壕地区の3つが接続している形となっているが、接続部はいずれも掘削途中なのか設計ミスなのか不自然な接続となっている。別々に掘り、後で接続させようとした感じである。 碁盤目状の壕には多数開口部が設けられているが、全て埋め戻され、外側はコンクリート吹きつけによりその位置も分からなくなってる。

@開口部。半分程度埋まっている。  

A先に開口部の明かりが見える。
くの字に曲がっているのが分かる。

B碁盤目状壕地区への接続部。  

B同左、反対側。掘削途中であり、
地盤レベルも異なっている。

C典型的な壕内。比較的乾燥して
いる

D神棚と推測される掘り込み。
逗子の狙撃陣地にもあった。

E地盤レベルが異なり、Dの交差と
同様位置もずれている。

F丁寧に整形され、乾燥している。
比較的快適な空間である。

Gこの先、左に鍵の手屈曲し開口していた

Hこの先は細く、不思議な掘り進み方である。掘り広げるための試掘なのか。