被爆四十周年平和祈念塔(大船観音寺)

軍事遺物
戻る

大船観音境内には、昭和45年に神奈川県原爆被災者の会によって被爆25周年を記念した慰霊碑が建立されたが、その後、同会により被爆40周年にあたる昭和60年8月、核廃絶と恒久平和を祈念した平和祈念塔が建てられた。
刻字:
折鶴のレリーフの下に「核兵器もない 戦争もない 平和な世界を 神奈川県知事 長洲 一二」。
台座には「被爆四十周年 平和祈念 神奈川県原爆被災者の会」。
手前には、碑誌があり、以下の由来が刻まれている。

「 第二次世界大戦の末期、一九四五年八月六日午前八時十五分広島 九日午前十一時二分長崎に米軍機により投下された原子爆弾は、一瞬の閃光とともに両市を壊滅させ数十万の人びとを殺傷しました。
 慰霊碑は、県下の原爆死没者の霊を合祀し、みたまを慰めるために 生き残った県下在住の被爆者が、放射能障害とたたかいながら、一九七〇年四月末被爆二十五周年を記念して建立しました。
 平和祈念塔は、核戦争の危機を憂い、すべての核兵器の廃絶と世界の恒久平和への切なる被爆者の願いを永久に銘記するために、一九八五年八月末被爆四十周年に、ここ大船観音境内に建立したものであります。
 一九八五年八月吉日
 神奈川県原爆被災者の会」
裏面
「記
一、碑石山梨県産山崎石(安山岩)由来碑印度黒みかげ石
一、慰霊碑地下カロートーに五糎×十五糎×二糎の黒みかげ石片に物故者の市町村と氏名を刻み合祀する
一、祈念等及び慰霊碑地下カロートー設計施工 富士宮市青木高野 眞」
*別碑に英文併記。