和歌山縣護國神社

軍事遺物

戊辰の役以来国難に殉じた和歌山県出身の戦没者36,670柱の英霊を祭神としている。前身は昭和12年6月に完成した招魂社。昭和14年4月1日護国神社と改称。昭和62年11月17日不審火により社殿焼失。現社殿は平成4年に再建されたもの。
二ノ鳥居脇にある制札は、昭和14年に亡き父が寄進した制札屋形が空襲で焼失したため、息子さんが再建されたもの。また、二ノ鳥居と三ノ鳥居の脇には同タイプの灯篭が建てられている。二ノ鳥居には、荒木陸軍大将の筆で右「盛徳変変」左「禎祥有應」(昭和16年10月建立)、三ノ鳥居には、有馬海軍大将の筆で右「光顔巍巍」、左「威神無極(昭和14年1月建立)」と刻まれている。
⇒和歌山県神社庁HP
参道沿いには、地元出身者による各種慰霊碑が立ち並んでいる。
満蒙開拓青少年義勇軍
陸軍少年航空兵
海軍飛行予科練習生
歩兵第二百三十聯隊
歩兵第二百十八聯隊
歩兵第六十一聯隊
所在:和歌山城砂の丸(和歌山市)

一ノ鳥居。昭和10年3月建之。
中尾文三氏寄進

二ノ鳥居。昭和13年9月建之。富国徴兵保険
取締役社長根津嘉一郎氏寄進

三ノ鳥居。平成4年3月建之。
護国神社再建奉賛会寄進

(制札)定 一、車馬を乗入る事 一、鳥類を捕る
事 一、樹木を伐る事 右境内に於て禁止する 
昭和三十三年一月 護國神社

昭和天皇・皇后両陛下の御親拝紀念碑。
昭和37年5月24日。

二ノ鳥居、三ノ鳥居に建てら
れている灯篭。

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